叶いますように、幸せになりますように。
優しい誰かが、悲しい涙を流さないように、戦う。




約束の未来




「骸様って、クロームちゃんのステディなんですか?」
「え」
女子全員で大浴場を使ったあと、なんとなく京子とハルの部屋に立ち寄ったクロームは、ハルの言葉の意味を量りかねて言葉に詰まった。
部屋に備え付けられているイスに腰掛け、それぞれスキンケアにいそしんでいた彼女達だったが、大きな瞳はそれぞれキラキラと輝いていて眩しかった。
自分はタオルで髪の水気を落とすだけだったが、女の子がそれじゃあダメと持たされた化粧水や乳液を、握ったりしつつハルの言葉を反芻する。
「ちなみにっ、ハルのステディはツナさんです! もうっ、とっても素敵で凛々しくて格好よくて、ハルの王子様なんです!」
「……ステディって、好きなひとのこと?」
「はいっ、そうです!」
ちらちと京子をみれば、どこか曖昧な笑みを浮かべていたが、ハルを止めないあたり興味があるらしかった。
元々友人などいなかった凪の頃から、女子だけで集まって話をするなんてことがなかったクロームは、こういうときどう反応したらいいのかわからずに戸惑う。
けれど、彼女たちは笑顔でクロームの言葉を待ってくれるから、それほど息苦しいわけでもない。
「骸様は、私の大切な人。誰よりも、なによりも、大事な人」

そう告げると、ハルの表情がぱっと輝く。
きっと女の子のほとんどは、こんな風に感情を表に出して笑うのだろうなと思う。自分もこんな風に笑えたら、夢で会ったとき骸はあんな風に悲しい笑顔で自分をみなかったかもしれない。
そう思うと、少しだけ眩しく思える。
京子も、ふわふわとした笑顔がひどく魅力的だ。
こうして考えると、自分はどこまでもつまらない人間なんではないかと思う。
幼い頃から人と関わることが出来なかった。ずっと、多分いまも。
「骸様は私を救い出してくれたから、その恩を返したいの。……だから、ハルが思っているような、そういう気持ちじゃ、ない」
「えーっ、そうなんですかぁ。せっかくクロームちゃんと恋のお話が出来るかなって、ハル楽しみにしてましたのに」
「ごめん」
「ううん気にしないで。あ、そうだ。骸さんってどんな人か教えてくれる?」
「あっ、ハルも聞きたいです!」
とりなすように京子が笑い、あっという間に持ち直したハルがそれに食いついてきた。面白い人たちだ。
嘘をつかず、よく笑い、誠実で。
自分とは違いすぎる姿だが、遠いとも思えないのはふたりの気質なのだろう。
羨ましいと素直に思えるが、そうなりたいとはもう思えない。自分が自分でなければ、彼女たちのように家族に愛され友人に恵まれた凪では、骸と出会うことはなかった。
「骸様は……」
クロームは、言葉をつぐんだ。自分は、骸のなにを彼女達に語ることが出来るだろう。過去の話は聞いた。骸の野望も聞いた。当面は彼を救い出すことを目標としているが、いまはそれどころじゃないのも現実で。
なにより、ツナたちが彼女たちに色んな事情を隠している以上、自分がなにかを言うことは許されないし、京子にもハルにも、楽しくない話なのは確かだった。
「ごめん、言えない」
きゅっと化粧水を小分けした透明のケースを握りこみ、うつむいて詫びた。
こんなにも、自分は普通の日常から離れているのだなと再確認する。これまでの選択に後悔はないけれど、少し寂しさが募った。
同年代の女の子がする、当たり前の会話さえ難しいのだ。自分は。
沈黙が落ちて、呆れられてしまっただろうかと思う。
せっかく少しだけ歩み寄れても、最終的に離れてしまうならもう近づかない方がいいのかもしれない。
「そう、なら仕方ないね」
「はいっ」
なのに、ふたりはあっさりと引き下がった。
にこにこと笑顔のまま顔を見合わせて、頷きあっている。
「なんか困らせちゃってごめんね。でも、言いたくないことは無理しないでいいから」
「はい、ハルたちはこうしてクロームちゃんとお話出来て楽しいですから!」
「……」
驚いた。
望まない答えを返せば、これまで怒らないひとはいなかった。母だったひとも、犬も声を荒げるし。千種は呆れたように黙る。


――言いたくなければ無理に言葉にする必要はありませんよ、可愛いクローム。僕はお前に無理強いするつもりはありません。話したいことを話し、笑いたいときに笑いなさい。


不意に、骸に言われた言葉を思い出す。
いつだって、初めて会ったときから骸は優しかった。それが罠だとツナが言ったことがある。戦いなんてやめて、普通の女の子としての生活をした方がいいんじゃないのかと、かなり前に遠まわしに聞かれたことがある。
でも違うのだ。
骸がたとえば犯罪者と呼ばれる部類の人間であっても、クロームにとっては違うのだ。
クロームを明るい暖かな世界に連れて行ってくれたひと。
たとえそれが血にまみれた、恐ろしい世界だったとしてもあの人さえいればかまわなかった。自由でいていいことを、初めてクロームに許してくれたひと、あのひとのために、どんな危険なことでもいとわずにやると、決めたのはクローム自身だ。
彼女たちは、そんな骸と同じようなことを言って笑う。
気づけば話題はケーキの話に移り、「クロームちゃんはどんなケーキが好きですか?」なんて聞かれていた。
「私達ね、せっかくクロームちゃんと仲良くなれたから、いろんなことお話したいんだ」
「そうなんです。ちなみに、ハルと京子ちゃんはお泊り会をすると、一晩中ケーキの話題で盛り上がっちゃうんです! 今度クロームちゃんもご一緒しましょうね。一緒に、ケーキ屋さん巡りもしましょう!」
「可愛い雑貨屋さんも巡りたいよね」
ねーと笑う少女ふたりに、クロームはどう答えていいかわからない。
過去に戻れば、自分はこの人たちと会うことはないだろう。自分はよくても、犬や千種はツナたちと関わることをよしとしないから、出かけたりなんてそんなこと、きっと出来ない。
骸は、なんて言うだろう。
「……」
迷う。困る。
お前の好きにしなさいと、優しく笑う骸の声がする。
でも骸様、骸様は骸様の意思だけで、そんな風に美味しいものを食べたり、綺麗で可愛いものをみたりすることは、出来ないんですよね。
「クロームちゃん、どうかした?」
「ハルたち、変なこと言いましたか?」
不安気に顔を覗きこんでくるふたりに、クロームはなんて返事をしたらいいかわからずに俯いた。
ただ、このふたりはこんな場所にいてはいけないと思った。
優しいひとは、温かいひとは、それに見合った場所にいて欲しい。それが、クロームの願いだ。
「……ううん、嬉しい。もしも、なにもかも全部終わったら」
全部。そう、全部だ。
まず過去に戻り、骸を取り返したら。その後でもしもクロームにまだ生きることが許されたなら、きっと彼女たちと出かけよう。
それが、いつになるかはわからないけれど。
「うんっ、じゃあ約束だよ」
「絶対ですからね! 嘘ついたら針千本ですよ!」
約束なんて言葉の響きが、これほど優しいことをクロームはしらなかった。
もしかしたら叶わない約束かもしれないけれど、努力しよう。
いつかの未来。こんなものではなく、なにもかもを取り戻すことが出来たら。
「うん、約束」
差し出されたほっそりとした2本の小指に、自身の小指を絡めて、クロームは願うように答えた。






END
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ずっと書きたかった女の子話ですが、いざ書いたら切なかったです。
でもきっと犬も千種も、文句言いつつ女の子と絡むのは許してくれると思うんだ。骸様に至っては、赤飯を炊いて当日は尾行して「女の子友達と遊ぶクローム」って写真とってアルバムに飾ると思うんだ!(お父さんか)
時間軸的にはスト前だと思います。

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