この出会いが、奇跡。




青春ベイビー




「お。獄寺じゃん。珍しいのな、こんな時間に学校いるなんてさ」
部活帰りの山本が、忘れ物を教室に取りにきたらなぜか獄寺がいた。
夕暮れに染まる教室の中で、自分の机に腰掛けて、ぼんやりとなにも書かれていない黒板を眺めている姿は、どこか近寄り難いように思える。
なんていう印象なんて微塵も抱かない山本は、屈託ない笑顔を獄寺に向けた。
「もしかしてツナもどっかにいんのか?」
「いるわけねぇだろ、いま何時だと思ってやがる」
眉間にしわを寄せて低い声で、あくまでも不機嫌にされる受け答えに、山本は気分を悪くするどころか笑みを強くする。
「あ、そっか。お前置いてかれてそんなふてくされてんのか!」
「っ、ちげーよ!」
ぽんと手を打って聞いたのに、速攻で否定されてしまったが、山本は意にも介さずに笑って、自分の席をあさる。
今日友人に漫画を借りていたのだ。
明日には返すなーと言ったので、今日中に読んでしまわなければいけない。
「そういや今日、お前の姉さんきてたけど会ったのか?」
「……だから、こんな時間に学校いるんだろーが」
ふと思い至って口にした問いは、思いの外獄寺にダメージを与えてしまったらしい。
山本が獄寺の姉に会ったのは、放課後部活へ向かう途中の廊下出だ。
声をかけたが、睨まれて無視されてしまったのだ。
その後教室でなにやら騒ぎ声が聞こえたが、部活に遅れそうだった山本は気にはなったものの、騒ぎの原因をしることは出来なかった。
だがその騒動が、獄寺のいう「だから」なのかもしれない。
まぁ、それはそれだろうと山本は話を変えた。
「そうだ獄寺、この後ツナん家寄るけど一緒にいかねぇ?」
肩に引っ掛けていた鞄にコミックスを押し込んで、山本は獄寺を誘う。どのみちなんだかんだで一緒に帰るのだとは思うが、こうやって声をかけておいた方が後々円滑に話が進むことを、山本は経験でしっている。
獄寺は、ツナの前ではひどく愛想がよく従順なのに、ひとたびツナが姿を消せばがらりと身にまとう空気が変わる。
それこそ、別人のように。
だけれど最近は、少し自分にも心を開いてくれているんじゃないかと山本は思っている。
「なんで十代目のご自宅に窺うのに、てめーといかなきゃなんねんだよ」
噛み付くように言われるが、山本は気にせずにいこうぜと笑いかける。そうすると、ブチブチと文句を言いながら、濃緑色のマフラーを巻いた獄寺が後をついてくる。
本当に少しずつだが、認めてもらってはいるらしい。
まるで人間嫌いな動物を、手懐けるみたいだと山本は思った。こんなことを口に出せば、間違いなく獄寺は怒り狂うだろうけれど。
「そうそう。そういや獄寺しってっか、国語のホッタ先生結婚するらしいぜ?」
「んなの別にどうでもいいっつーの」
「そっか? オレはめでてーなって思うけどな」
「そりゃお前の頭がめでてーからだろ。オレには関係ねぇよ」
マフラーに顔をうずめて呟く声は、本当にどうでもよさそうだ。
「でもさ、結婚ってすごくね? オレらもいつかしたりすんのかなーって思うと想像できねーけどさ」
「なんだよお前、好きな女でもいるのか?」
少し驚いた顔で、獄寺が山本をみた。
意外なところに食いついてきたなとは思ったものの、その話題をそれほど広げられるネタは山本にはなかった。
「いや。全然いねーな。女子は可愛いと思うけどオレは野球が一番楽しいし。あ、あとマフィアごっこも好きだぜ」
「……お前」
心底げんなりした顔をした獄寺に、山本は苦笑しながら靴箱から履き古したスニーカーを引っ張り出して履いた。
「フリなら相当タチ悪ぃぞ。わかってんだろ本当は!」
乱暴な仕種でスニーカーを叩きつける獄寺に、山本はただ笑みを浮かべることしかしない。というか、出来ない。
それが不服らしい獄寺は、山本を置いてとっとと外に出ていってしまう。
「あ、おい待てよ獄寺」
慌てて追いかけて並んだら、ぎろりという擬音が聞こえてくるくらい睨まれてしまった。
「お前本当にムカつくな! 十代目に信用されてなきゃ本気で果たしてるぞてめぇっ」
「まじか。じゃあオレ、ツナに感謝しなきゃなんねーな」
「あったりまえだ! お前は十代目に一生感謝してやがれ!」
ケッと吐き捨てられて、山本はまた笑う。
感謝ならしている。ずっと、ずっと。
屋上から飛び降りた、あの日から今日も多分この先もずっと。
ツナはダメツナって呼ばれてて、クラス中から敬遠されてたけど、でも本当にすごいヤツだった。
誰も気づかないくらい、自然にすごいヤツだった。
そんなツナと友達になれたことを、山本は奇跡みたいなものだと思っている。
「獄寺もすげーよな。真っ先にツナがすげーって気づいたもんな」
てっきり、「当たり前だ!」とか、「十代目は生まれた瞬間から素晴らしいんだ!」とか、そんな反応が返ってくると思っていたら、獄寺はむっつりと黙りこんでしまった。 とたんに空気がひどく乾いて、些細な音が耳に届くようになった。
遠くでこどもが家路を急ぐ声。
窓から漏れているTVの音や会話。
ふと身近に感じられるそれらに、山本は耳をそばだてた。 当たり前にそこにあるけれど、決して当たり前ではないもの。
まるで、自分たちのようだ。
きっと色々な偶然が積み重ならなかったら、自分たちはこうしてここにいないのだから。
「うーわー、本当にツナってすげーなー」
「さっきからなに当たり前なこと言ってんだよ」
怒るより呆れた声で獄寺が肩を落としていて、けれどさっき一瞬感じた静寂はなくなっていた。
きっと最初の頃は、こんな風にツナや獄寺たちとつるむようになるなんて思ってなかった。
面白そうなヤツらだとは思ったが、自分にとっては野球が一番だったし、これからもそうだと信じて疑わなかった。
友達はみんな平等だと思っていた。
「うん、すげ−すげー」
あはははと笑ったら、獄寺が不審感まるだしで山本から少し距離を開けた。
「……お前、なんか変なモンでも食ったんじゃねーか」
怖ぇよ。なんか。
そう呟かれ、山本はいいから気にすんなと獄寺と肩を組む。
「いいじゃねぇか。オレら友達だろ?」
「だっからわけわかんねぇっつってんだよ! つーか離れろ!」
山本の腕を解こうと暴れる獄寺は意に介さずに、山本はただ笑う。
ツナに会いにいったら、同じ話をしてみようかと思い至り、それはすごくいいことのように思えた。
どうせ獄寺だって、感じ方は違うが同じようなことを思っているに違いない。きっとツナも。
この出会いが、奇跡みたいなものだと。
「んじゃあ獄寺、走るか」
「はぁ?」
「なんかさ、すげー走りたい気分なんだよ」
「一人で走ればいいじゃねーか」
「まーまーいいからいいから。んじゃ、ツナん家まで競争な」
返事を聞かずに駆け出せば、獄寺の怒鳴り声が追いかけてきた。
気配がすぐ後ろまで迫っているのを感じて、山本は速度を上げる。
競争。といえば絶対獄寺は乗ってくると思ったが、予想以上に早かった。
ほどけそうなマフラーなんて気にもせず、腕を大きく振って足も振り上げて、歯を食いしばって、ものすごいムキになって走っている。
獄寺は鞄も持たずに身一つで、山本は部活直後+鞄に荷物いっぱいだが、負けたくなくて山本は鞄をその場に放り出した。
現役スポーツマンが喫煙者に負けるわけにはいかないだろう。とかそんなことよりも、ハンデの有無はともかく、負けたくない。ただそれだけだった。
「って、め…。絶対十代目の前で膝つかせてやっからな!」
「ははっ、どーだろな」
追いかける夕日はもうとっくに沈みきってしまったが、二昔前の青春がむしゃらに走って。走って、走って。
通り過ぎる人たちが、笑ったりびっくりした顔をして自分たちが指さすのも気づかずに。
別に、なんだっていいんだ。
マフィアとか、そうでないとか。
そんなじゃなくて、ツナがいて、獄寺がいて。みんなでバカやって思いきり笑いあうことが、なにより楽しいから。
「ラストスパート!」
「させっかよ!」
薄暗い道を駆け抜けた先、ツナの家。
たどり着く頃にはきっと、どちらも息絶え絶えなのだろうけれど、大声で笑っているんだろうと思った。
これから先も、ずっと。






END

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山本はこの後、「ツナと獄寺と放り出した鞄を拾いにいく」に、百う゛ぉぉぉぉぉぉいです(笑)

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