なんでもないような日が、
たったひとつの大切な一日になるんだ。




夏の日




「あーつーいー」
教室の自分の席に突っ伏して、ツナは死にかけているような声で唸った。
真夏の教室は人口密度が多い分、よけいに暑く感じられる。
黙っていても汗が噴き出て、シャツに貼りつく感じが気持ち悪い。
窓が曇らないのが不思議なくらい教室内は湿気いっぱいで、もうなにかの罰ゲームじゃないかとさえ思う。
教室の外へ逃げ出したいのは山々だが、次の授業はチャイムと共にやってきて、席についていない生徒を遅刻扱いにする教師が担当の国語だった。
ただでさえ成績が悪くて目をつけられているツナは、教室内待機を余儀なくされていた。
うっかり廊下に出た途端、妙なトラブルにでも巻き込まれたらコトだ。
「十代目、大丈夫っスか? オレが扇いで差し上げましょうか?」
すかさず獄寺が、どこからともなく下敷きを取り出してきたが、ツナは突っ伏したままいらないと言った。
そんなことを獄寺にさせれば、女子達からなにを言われるかわかったものではない。
容易にツナに厭味を言う女子と、それを怒鳴りつける獄寺の図が浮かんで、ツナは力なく笑った。
ただでさえ暑いのだから、面倒は御免被りたかった。
「しっかし、教室のクーラー壊れちまっただけでこんな暑くなるなんてなー」
シャツの襟元を大きく開けながら、山本が涼しい顔をして笑う。
ぐったりしているツナとはえらい違いだ。
そういえば獄寺も、いつもより機嫌が悪そうだが汗ひとつかいていない。
野球部の山本はまだわかるが、獄寺までそうだと自分だけがこんなに暑いんだろうかと思ってしまう。
「なぁなぁ。今日さ、オレ部活ないからカキ氷食いにいこうぜ」
「カキ氷かー」
ツナの脳裏に冷たいシャリシャリの氷が浮かんだ。
イチゴ味がいいかなーなんて思う。
ブルーハワイも好きだけれど、いまはイチゴ気分だ。
獄寺と山本はなにを頼むだろう。
なんとなくメロンは山本っぽくて、レモンは獄寺のような気がした。容器たっぷりの氷は、きっとすごく美味しいんだろうな。
そんな妄想をしてみたら、不思議と体感気温が下がった気がする。
「あと海もいいよなー。スイカ割りとか。あ、今度の休みみんなで海いかね?」
「てめーひとりでいきやがれ、このアホ」
「え、獄寺くんいかないの? いこうよ海」
どうせまたトラブルに巻き込まれるか、リボーンがロクでもないことをしてくれるんだろうけれど、なんだかんだでそれだって楽しいと感じている自分がいる。
ツナが誘えば獄寺はふたつ返事だろうと思って言えば、案の定輝くような笑顔で頷いた。
「はいっ、もちろんです十代目!」
そんな獄寺に苦笑しつつ、ツナは窓からみえる空を見上げた。
青い空は光っているようで眩しい。
じりじりと暑い日ざしが地面を焼いているようで、グラウンドからは煙りが立ち昇るんじゃないだろうかというくらいだ。
「じゃあ、他の連中にも声かけとこうぜ。大勢のほうが楽しいもんな」
「そうだね」
「……じゅ、十代目。やっぱりそれは姉貴とかも?」
ダラダラと脂汗を流しはじめた獄寺に、ツナは重大な問題を思い出した。ビアンキと顔をあわせてしまったら、獄寺は海どころではないだろう。
しかし、ビアンキを誘わなければそれはそれで怖いことになる。
「ビ、ビアンキには眼鏡かなにかをかけてもらうように頼んどくよ」
「よろしくお願いします」
深々と頭を下げる獄寺に、この姉弟は本当に難儀だと思う。
姉の弟への愛情の深さがわかるから、和解してくれればいいとも思うが、獄寺の顔色の悪さを思うと難しいのもわかる。
嫌いあってるわけではなさそうなのが、せめてもの救いではあるが、実際のところはツナにもわからない。
獄寺の家は、なかなかどうして複雑らしいし。
「あー、早く夏休みこないかなぁ」
わからないことば全部端に追いやって、ツナは大きく伸びをした。
そうしたら、ずっと家でゴロゴロしてられるのに。
炎天下の中学校に来なくていいし、気兼ねなく朝寝坊も出来る。
母には叱られるが、夜遅くまでランボとゲームをしたっていい。
「あ、オレ夏休み夏季大会あるんだ。みにこいよ」
「冗談じゃねぇよ。なんで暑いときにんなムッサイとこいかなきゃなんねんだ」
「そういうなって。楽しいぜ、野球。獄寺も一緒にどうだ?」
「誰がやるか!」
相変わらず、獄寺は山本にはケンカ腰だ。
でも仲が悪いわけでもないから、ツナは放っておく。
「そっかー、山本は夏休み部活か。大変だね」
それでも穏便に穏便に話を変えれば、山本はそうでもねーぜと笑った。
やっぱり山本はすごいと思う。ツナならきっと初日からリタイアだ。
「ま、オレは好きなことやってっからなー。でも毎年宿題が大変なんだよなー」
宿題のことはまったく考えてなかった。
去年もどっさりと渡された宿題を思い返して、ツナはげんなりした。
小学生の頃から、夏休みの宿題は最終日に必死こいてやるコースだ。去年は学校に宿題を忘れて、リボーンにぼっこぼこにされたので、今年は忘れないようにしなきゃなと決意する。
それと宿題を片付けるのとでは、また話が違ってくるのだが。
「大丈夫です十代目! オレの宿題写してください!」
「そんなことしたら、リボーンに殺されちゃうよー」
あくまでも自力でやらなければ、どんな責め苦を与えられるかわかったものではない。
あの赤ん坊の家庭教師は、どこまでもスパルタだ。
「なら、オレが十代目の宿題みて差し上げますよ。それならリボーンさんだって怒ったりしないでしょうし」
「じゃあオレも参加するぜ。やっぱ一人だと進まねーもんな。助かったぜ獄寺」
「誰がテメーの宿題みるか! ひとりでやりやがれ野球バカが!」
「ってほらー、ケンカしないで。いいじゃないみんなでやれば早いんだからさ」
そうツナが言えば、後はもうすんなり話が終わる。
獄寺は十代目がそう仰られるならと引き下がるし、山本はただ笑っているだけだ。
実際は間違いなく獄寺におんぶに抱っこだが、そこは棚上げしよう。
これで、心置きなく夏休みが楽しめるというものだ。とはいえ、まだ先なのだけれど。
とりあえず、目下最大の楽しみは、
「カキ氷早く食いてぇな」
ツナの思考を読んだように、山本が言う。
「そうだねぇ。海も楽しみだな」
「……オレは、正直気が重いっス」
まだビアンキのことを引きずってる獄寺に苦笑しつつ、ツナはもう一度楽しみだなぁと呟いた。
よくよく考えたら、学校帰りにカキ氷食べて帰るとか、部活の試合をみにいくとか、夏休みに誰かと宿題をやるとか。当たり前に出来るようになっていることに驚く。
「なんか、すごいなぁ」
「ん、なにがだ?」
「十代目は、いつでもどこでもどんなときでも素晴らしい方だって、オレは最初からしってました!」
いや君、最初オレのこと殺しにきたじゃない。とはさすがに突っ込まず、ツナはただ笑ってみせる。
なんか気恥ずかしいじゃないか。
二人に出会えてよかった。なんて、改めて口にするのも。 いつだって感謝してる。
ひとりきりだった世界から、ひとり、またひとりと増えてどんどん広がっていっている。
まだダメツナと呼ばれるし、窮地に陥れば逃げ出したくなることも多いけど、それでも逃げずにいられるのは、ふたりがいてくれるからなんだろうって思う。
「ツナ、どーかしたのか?」
「なんで?」
どうかもなにもしてないがと思ったが、山本だけではなく獄寺も、楽しそうにしてらしたのでと言ってくる。
楽しそう。うん、そりゃあ楽しいに決まっている。
「いろんなことを楽しみだなって、思ってるだけだよ」
カキ氷も海も夏休みも。
これから先にあるであろう様々なイベントが。
「そーだな」
「そうっスね」
汗はまだだらだらと流れ続けているのに、不快感が不思議となくて、気づけば暑さも忘れて笑っていた。
こうやって毎日、些細なことを笑って楽しんでいけたらいいと思う。
多くは望まないから、ただこの瞬間が続いてほしい。
そんなことを密かに願い祈った、夏の日。






END

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ただ、だらだら暑いなー遊ぼうぜーって話が書きたかった。
獄寺と山本(一方通行な)ケンカばかりですけど、本当は仲がいいんですよと主張したい。

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