手を繋ぐんじゃなく、寄り添うでもない。
ただ、そこに在ってくれさえすればいいんだ。自分たちは。




ここにいること




「朽木っすわぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!」
朝、一護とは時間をずらしてルキアが登校すれば、前方よりものすごい轟音を立てて啓吾が駆け寄ってきた。
滝のような涙を流しながらの姿に、ちょっと引きながらもルキアは笑顔を浮かべる。その笑みが若干ひきつっていたとしても、誰もルキアを責められないだろう。
「お、おはようございます浅野くん。一体どうしたんですの?」
「それがさぁ、聞いてよ聞いてよーっ。一護のヤツってば女の子からラブレターとかもらっちゃってんの! これって立派な浮気だようーわーきー!」
「いえ、あの、私と黒崎くんは別になにも」
ツバを飛ばしてきそうな勢いの啓吾に、がっしり肩をつかまれてながらも、やんわり啓吾をたしなめようと試みたが、どうやら聞く耳を持ってくれてはいないようだ。
さてどうするかと思えば、すぐ傍に馴染んだ霊圧を感じてルキアは身体の力を抜く。
「 だっからあんなヤツやめて俺にへぼわ…っ!」
「よーぉ啓吾。朝っぱらから随分元気じゃねぇか」
実際はするはずもないのだが、ごすっと鈍い音が聞こえて、啓吾の上半身がおじぎでもするようにがくんと下がる。彼の頭には何者かの足があり、まるで啓吾を地中に埋めようとでもするかのようにガスガス蹴りつけている。
「……い、黒崎くん」
「よぉ」
片眉をぴんと跳ね上げ、一護はルキアから視線を外す。
踏みつけたままの啓吾にももう一度挨拶をして、そのまま校舎へと向かっていく。なんとなくその背を見送ってしまったルキアだったが、こねぇの? とでも言うように一護が振り返ったから、一緒するような感じで一護のとなりにならんだ。
背後で水色の声がしたから、啓吾は大丈夫だろう。
「つーか。夏休みあけても俺らが付き合ってるっつー噂あるのかよ。よっぽど暇なんだろうな」
「……平和なのは、悪いことではないだろう。他人のことにかまけられるということは、それだけ自分に余裕があるということだ。見方を変えればそう悪いことでもないさ」
これから、起こるであろう戦いを思えば。
「随分とご立派なことで」
ため息まじりの言葉に、ルキアは小さく笑う。
「そういえば一護、貴様わざわざ浅野を追ってきたのか? 恋文を貰ったのだろう?」
「別に、ケイゴがあちこちに余計なことをふれまわらねぇように釘刺しにきただけだ。変な勘違いすんな」
「変な勘違いとはなんだ?」
すかさず突っ込めば、一護はぎくりと表情を強張らせた。
なんとも不自然な半笑いをみせた一護は、よくわからない言葉を口の中で転がして話をそらそうと試みているようだ。
「そうかー、一護は変な勘違いを私がすると思ったのか。そうかそうかー」
「っのやろ、変な言い回しすんじゃねえよ!」
「きゃー、黒崎くんがこわいですわー」
「棒読みだしオマエのそのしゃべり方マジムカツクんだよ!」
「――仕方あるまい。かなりの無理を通して私はここにいるのだ。このくらいの擬態をせねばこの世界の人間でないことが気づかれてしまうだろう」
確かに。
ルキアの常識と現世の常識は笑えるような差異がある。
一角や弓親がコンビニのおにぎりをなんらかの陰謀によるものと判断したように、ルキアがそういったこっちの常識をなにか別物と捕らえてしまう可能性は高い。それを誰かが不審に思い、彼女の正体が万が一にもバレてしまったら色々と面倒になるだろう。
ひとりならいい。
記憶置換でどうにでも出来る。
だがそれが、なんらかの形で世間にしられてしまったら。
恐らくルキアは現世に義骸を用いた任務にはつけなくなるだろう。
「……」
「――と、貴様は考えてるのかもしれないが、そういうわけでもないぞ」
自身の考えをあっさり読まれた上速否定されて、一護は悔しさと恥ずかしさといたたまれなさに、拳を握ってふるふると震えた。
その顔にはコイツ殴りてぇと書いてあるようにみえるが、間違いではないだろう。
「そもそもいまのような任務の方が珍しいだけで、本来我々は現世に赴いても、人々の生活に干渉することはほとんどないからな」
ルキアの言葉に、一護は沈黙した。
瞳が一瞬すがめられて、諦めたようにそらされて一護が一歩前に出る。
一定距離をあけて歩く自分たちを、周囲は付き合っているのではと邪推するけれど、ルキアも一護も、そんなものではないのだと答えるし、思っている。
恋情ではない。
友人以上には互いを把握し、親友と呼ぶようなくすぐったいものではなく、触れたいという欲求が沸くでもないが、共にいたいと望む相手。
泣いていたらはっ倒してでも立ち上がらせ、落ち込んでいたら無理やりにでも前を向かせる。手を繋ぐことはないが、歩む先は一緒だろう。
その関係を、繋がりを、なんと呼ぶのかルキアはしらない。
けれど。
「オイ、なにしてんだよ。遅刻するぞ」
振り返る一護に、ルキアは笑って頷く。
オレンジ色の髪。強い意志を孕んだ茶色の瞳。
ルキアは彼を救い、そして救われて、ここにいる。
「ああ、いまいく」
大きく一歩踏み出したルキアは思う。


まだ、しばらくはどうかこのままで――。






END
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自分的イチルキ。これでもイチルキと言い張る程度にはイチルキ。
キャッキャウフフってしてるより、淡々としつつ誰よりコイツをわかってる。
みたいな無意識の信頼が萌えます。

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