その日を、いつくるかわからないその日を。
密かに、待ち続けてみよう。




星空よりも




秋の夜の、湿った空気がルキアの肌をなでる。
黒崎家の屋根の上、パジャマ姿のルキアはぼんやりと、夜空を見上げていた。
少し前までは、一護の部屋の窓からしかみられなかった夜空を、自由にこうしてみられるのは、なんだか不思議な気がした。
「なーにやってんだよオマエは」
「一護」
「じゃねぇだろ。いくらまだ暖かいつっても、ンな格好でずっといりゃ風邪引くぞ」
「たわけ、私はそんなヤワではないわ。貴様こそどうしたのだ」
聞けば、心底呆れたように口の端をひん曲げた一護が、ガリガリと頭をかいた。
「遊子と夏梨がオマエがいないっつって心配してたんだ」
下を示した一護の指の先をみつめ、ルキアは彼の妹たちを思い浮かべる。
どちらも、優しい子だ。
心配、と聞いて暖かな思いがわき、自然と笑みをこぼした。
「……そうか。それは、すまなかったな」
「しっかし、すげぇ星だな。もしかしてお前、しょっちゅう屋根に上がってんのか?」
少しトーンを落とした一護が、身軽な動作でルキアのすぐとなりにきて、立ったまま星空をながめた。
「しょっちゅうではないが、ときたまな。……無性に、夜空をながめたくなることがあるんだ」
みてなにをどうするわけでもない。
落ち着くわけでもなければ、癒されるわけでもない。
それでも、こうして高い場所から星をみる行為が、ルキアは好きだった。
「別にいいけど、いくときはせめて声くらいかけろよ。びっくりすんだろ」
「あ、ああ」
びっくり。は、こちらのセリフだと思った。
ルキアはもう逃亡者ではないから、一護に黙って消えることはない。
破面が攻めてくれば、一護も気づくだろうしルキアだって声をかける。
そうでないなら、プライベートな時間をとっていると思いそうなものなのに、心配すると一護はいう。
これは、みくびるなと怒るべきか、ありがとうと礼を言うべきか。
「オマエ、星好きだったんだな」
迷っている間に、一護が話題を変えた。
けれど、星が好き。と言われればルキアは首を振る。横に。
「別に、好き嫌いがあるわけではない。なんとなくだ」
星の名前もしらないし、しりたいわけでもない。
ルキアが気に入っているのは、この場からぼんやり星を眺めるという行為だけだ。
「……変なヤツ」
説明したら、ただでさえ深い眉間のしわを更に深くして言われた。
「別に、理解してもらおうとは思わぬ」
「そうかよ」
「ああ。そうだ」
その会話の後、どちらともとが黙り込んでぼんやりと星を眺めた。
いつの間にか一護は座っていて、身じろぎすれば腕が触れそうなほど近い。
いつからこんな風になったのだろう。
最初は、ただの人間と死神。その後死神代行となった一護といた期間はほんのわずかなのに、ルキアは気づかないうちに彼をなにより信頼して、心を預けている。
年も境遇もなにもかもがまったく違うのに、不思議と違和感を感じていない。
「……おかしなヤツだ」
「はぁ? なんだよ急に」
訝しげな視線がルキアをみて、おやと思った。
心の中だけで思っていたと思ったが。
「……声に出てたか?」
「オマエなぁ」
「まぁ気にするな。深い意味はないのだ」
フォローのつもりでそう言って、屋根に寝そべった。
さすがに夜ともなると屋根もすっかりいい塩梅で冷えていて、ちょっと失敗したかもしれないとルキアは思った。
「おい、もういい加減戻るぞ。こんなところに長時間いたら、本当に風邪引いちまう」
ぺいっと額をはたかれて、腕を引かれた。
「一護っ、貴様いま頭を叩いたな! 馬鹿になったらどうしてくれる!」
「いまも充分馬鹿じゃねぇか。テストで赤点ギリギリのくせしやがって」
勉強教えてやろうか? と、どこか小馬鹿にした口調に腹がたつ。
しかし、実際一護と自分の成績だと、雲泥の差がある。
自分は任務でこちらに赴いているわけだから、学校の成績なんてどうでもいいはずなのだが、負けていると思うと無性に悔しく思うのはなんでだろうか。
「オイオイ、そんな本気で考えこんでんじゃねぇよ」
呆れ混じりな声音も、ルキアの耳には届かない。
数学や英語はチンプンカンプンだが、国語やなんかは努力次第ではなんとかいけるのではないだろうか。
「っくしゅん!」
考え込んでいたら、ぶるりと身体が震えた。
言わんこっちゃないといった顔で一護がみてくるから、バツが悪くなってそっぽを向いて、尻に根でも生やしたつもりで座り込みを続けようと思った。
けれど。
「バーカ、なに意地になってんだ。こんなくだらねぇ意地で任務に支障きたしてたら、白哉に鼻で笑われんぞ」
「……兄様は、鼻で笑ったりせんわ。たわけ」
負け惜しみのようだと思ったが、一護はハイハイとあしらうように言ってルキアの腕を引っ張り上げてきた。
渋々従ったルキアだったが、一護が腕を引いたままの状態で、じっと自分の腕をみつめているから、訝しんで眉を寄せた。
「……なんだ。ひとのことをじっと見て。ゴミでもついているのか?」
問うが、一護は答えずに黙りこんだままだ。
「オマエ、ほっせぇなー」
ふざけているのか、あるいは馬鹿にされているのかとも思ったが、そういうわけでもないらしい。
なんだか妙にしみじみとした声音に、ルキアはただ戸惑うばかりだ。
「一護?」
「いや、なんでもね」
「なんでもなくないと、貴様の顔は言っているようだが?」
「別に、なんでもねぇって」
「ひとの腕をじっとみて、なんでもないもないだろう」
はぐらかそうとそらされる視線をつかまえて、ルキアは一護をじっと見据える。
一護はルキアの視線を真っ向から受けきれず、視線をそらして頭をガリガリとかきむしった。
けれど、なにも、言葉は言わないのだ。
「貴様の様子が変なのと、私が細いらしいことと関係あるのか?」
ぎくりと一護の身体が固まって、ルキアはすっと目を細める。
「ほう。それはアレか? いざ戦闘がはじまったら私は戦力にならぬとか、そういうことを危惧したわけか貴様は」
「違ぇよ」
「じゃあなんだ」
図星をさしたつもりだったのにと、ルキアは更に追求した。
「……ただ、ほっせぇなぁって思っただけだよ!」
顔を真っ赤にしてヤケのようにがなる一護に。ルキアはさすがに驚いた。
「そんなことで、なにをそんなにムキになっているのだ?」
確かに一護の言うとおり、ルキアは小柄で身体も華奢だ。
だから戦闘において体術や剣技で多少のハンデも負っているのは、自分でもよくしっていたし、今更指摘されたからといってどうというものでもない。
言えば、一護は更に顔を赤くした。
夜空の中でも顔色の変化が顕著に伝わるのだから、よっぽどだろう。
「るせー」
不貞腐れた声に、赤く染まる目元に、なんだかんだでこの男はまだまだ餓鬼だと思う。
「なんか、そんなん思うの……変じゃねぇか」
戸惑いに満ちた声の一護に、ルキアはそんなんとはなんだろうかと考える。
けれど答えなんかわからないから、とりあえず一護の背中を平手で押した。
「っうお!」
一護の身体がバランスを崩して大きく揺らいだが、どうにか立て直してルキアを睨んでくる。
「てっめぇ、危ねぇじゃねぇか」
若干荒い息で、少し涙の浮いた恨みがましい目を向けられたが、だらしがないと一蹴してやった。
「この程度でふらつくなど、修行が足りん証拠だ」
「オマエ、ぜってーいつか泣かしてやるからな……っ!」
ふるふると震える声を笑ってから、もう一度ルキアは星空をみつめた。
先ほどと変わらず、星は夜空を覆い尽くして輝いている。
手の届かないもの。遠く、過去の光。
「ルキア」
先に屋根を下りようとしている一護が、早くこいと自分を呼ぶ。
その先には、星なんかよりもっと身近な、暖かな明かりが灯る家がある。
その中に、なんの違和感もなく入り込めることが、奇跡みたいに思えた。
いつか、機会があれば一護に礼の一つでも伝えてみようか。
実はずっと感謝をしていたと、言ってみようか。
そうしたら、間違いなく彼はさっき以上に取り乱してみせるのだろう。それとも、穏やかに笑って頷くだろうか。
途端に、いつくるかしれないその日が楽しみになり、口元をほころばせたルキアは一護に続いて黒崎家の中へと戻った。






END
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ケンカップル! 第2弾。
一護は些細なことでルキアが女の子だったんだってことを意識してもいい気がします。

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