思ったこと、伝えたいこと。
全部隠さずに言葉にすればいい。




ぼくらの距離




「あーあーあーあー聞こえねー!」
眉間にしわを寄せた一護が、これでもかというほど声を張り上げて耳を塞ぐ。
絶対に聞くものかと、態度で言っているのがわかってルキアは眉をよせた。
街中での一護の行動はかなり浮いている。
道行く通行人たちも、なんだなんだと視線を投げては通り過ぎていく。
「別にいいではないか。なにがそんなに不満なのだ」
ふたりが立ち止まり、言い争いをしているのはいかにも女の子が好みそうな、ファンシーな外観の雑貨屋だった。 そこに、チャッピーによく似たうさぎのグッズをみつけたルキアが、中に入りたいとごねているのだ。
「男が入る店じゃねぇよ! 大体お前任務とかでこっちきてんだろ。遊んでる暇はねぇんじゃねーのか?」
「なにを言う。遊んでいるのではない! お前の妹がいけといったからこうして街まで出たのではないか!」
「それにしたって、時間かかりすぎだろうが」
ふたりは遊子の言いつけで、ルキア専用の食器を買いに来ていた。
「ルキアちゃんは家族なんだから、お客様用じゃダメなの!」
そう遊子が主張して。
けれど中々ルキアが納得するものがみつからず、昼過ぎに出かけたのにもう日が暮れはじめていた。
ルキアがあれこれ理由をつけて食器を決めないのと、どうでもいい店に寄り道したりで、時間がかかっているのだ。
「それに、浮竹隊長だって楽しんでこいと言って下さったぞ!」
「やっぱりめちゃくちゃ観光気分じゃねーか!」
しかも浮竹なら、お小遣いさえ持たせていそうだ。
「失礼だな貴様! さすがにそれは断ったわ!」
浮竹はルキアを、小さなこどもかなにかと勘違いしている気がした。
たしかにルキアは小さい。高校生を名乗るのがおこがましいくらい小さい。体型も小学生のゆずのパジャマやらワンピースを難なく着こなせるほど、起伏が少ないとからそう思えてしまうのも頷けるが。
「うごふ……っ!」
「考えてることが駄々漏れだ馬鹿者が」
みぞおちに思い切り膝が入った。
涙目で腹を押さえてルキアを睨めば、フンと鼻を鳴らされた。この野郎。
しかしここで、本当のことだろうがと言えば余計にこじれる。こじれるだけならまだしも、いつの間にか味方につけていた自分の家族を使っての、陰湿な嫌がらせに発展する可能性がある。
「とにかく、気になるならひとりで見てこいよ。ここで待っててやるから」
「…………うむ」
その間はなんなのか、ルキアは難しい顔をしたまま店の中へと入っていく。
自分とルキアを遠巻きに見ていたギャラリーも、飽きたのかばらけはじめて、一護はふうとため息をついた。
「さすがに俺も疲れるっつーの」
女の買い物に付き合ったことはないが、こんなに疲れるものとは思わなかった。
大体茶碗だの箸だのは、使えればなんだっていいだろうに。
そうは思うのだが。
全面ガラス張りで中の様子がよくみえる雑貨屋の中は、それなりに混んでいて小柄なルキアは人の流れに押されて、自由に見て回るのも大変そうだった。
現役死神とはいえ、人ごみではなんの利点にもならないらしい。
「…………」
入り口付近でまごまごしているルキアは、なんというか普通の女の子のようで、違うだろ、オマエはそういうとき周りの人間を蹴散らしてでも、中に入っていくようなやつだろと言いたい。
「……………」
なんだか、イライラする。
わかってはいるのだ。
本来のルキアは、あまり強い感情を他人には向けない。
どこか距離を置いて接している。
彼女が強い態度で接してくるのは、せいぜい自分か恋次かコンくらいだろう。
一護の家族を相手にしても、どこか距離を置いているのがわかるし。
「…………………あー」
ガリガリと頭をかき、くそっと吐き捨てて、一護は店の中に乗り込んだ。
違うからな、別に気になるとかそんなんじゃないんだからな。
自分でもわからない言い訳をして、いまだに入り口付近にいたルキアの腕をぐいとつかんで引いた。
「一護」
どこかほっとした眼差しは、視線をそらすことで避けた。
本当にわけのわからないやつだ。
とんでもなく傲慢で厚顔不遜。かと思えばひどく繊細な面も持っている。
自分のことは割りとどうでもいいような感じで、大事にしない。そんなことをつらつらと考えていたら、段々と腹がたってくるではないか。
「て、おいっ。これでは店から出るではないか!」
ぐいぐいとルキアを引っ張って向かったのは外で、入り口の人口密集度だけでむわりとした空間は、離れただけで幾分か涼しく感じる。
「るせーよ。あんだけまごまごまごまごしてりゃ夜になっても買い物なんて出来ねぇだろーが」
「なっ、そんなことはないぞ! わたしだってな、その気になれば隙間からちょちょっとって、聞いておるのか貴様!」
聞いてる聞いてると、明らかに聞いてない声で言って一護はルキアを引きずるように歩く。
抵抗されるなら、肩に担ぎ上げてやろうかと思ったくらいだ。
「大体オマエ茶碗も箸もそろえる気ねぇじゃねーか。そんな状態で店回ったってしょうがねぇだろ」
「……そんなことは」
ない。と言いきらない辺り、根本的に嘘がつけない女だと思う。
言いたくないことはだんまりか、今は言えないという言い方をする。そういうヤツだ。
付き合いはほんの数ヶ月だが、どうしてか自信を持って言える。そのくらいには、ルキアのことをわかっていると思いたかった。
「……なに考えてんだ俺」
自分の思考が恥ずかしく思えて、一護はぼそりと突っ込んだ。ルキアには聞こえなかったのか、黙って一護の後をついてきている。
「――以前貴様の家で暮らしていたとき、お前の部屋で一護や、家族の声を聞きながら思ったのだ。あの中に入ってみたいと」
夕闇に包まれていく世界。
無関心のまますれ違う人々。車の排気音。喧騒。
そんな中にありながら、小さな小さなルキアの声は確かに一護の耳に届いた。
「朽木家は、格段に居心地がよくなったし。隊にいても虎徹、椿両三席や、浮竹隊長がよくしてくださる。それに、いまは恋次もいる。……けれど、けれどな。ふとお前の家の空気を思い出しては、そこに帰りたいと思う自分がいたのだ」
そんな風に思ってもらっていたとは意外だった。
ものすごく照れくさくなってしまい、一護は耳が熱くなる。
「だったら、ウチの連中からすればオマエはもう家族だ。好きなだけいりゃいいだろ」
「……」
少し恥ずかしかった言葉は、沈黙で返されてしまった。 くそーと内心毒づきながら、必死でそれを悟らせまいと努力した。
「家族といっても、私は嘘をついて居座らせてもらっただけだ。家族と言ってもらうのはおこがましいではないか」
「あれだけノリノリに嘘ついておいて、よく言うぜ。つーか、きっかけなんてどうだっていいじゃねぇか」
「しかし」
「連中がオマエのこと気に入ってんのは事実だし。そもそも、どうでもいいことで悩みすぎなんだよ」
「どっ、どうでもいいこととはなんだ!」
声を荒げるルキアにどこかほっとして、一護はふと自分がルキアの腕をつかんだままだということに気づく。
ルキアは気づいているのかいないのか、まだなにかわめいて後をついてきている。
「ほんっとに、面倒な女」
呟いて、一護が向かうのは黒崎家がいつも利用している店だ。
本当はそこで買おうとしていたのだが、ルキアが中々頷かなくて飛ばしていたのだ。
「いい加減俺だって腹減ってんだよ。お前の意思完全無視で勝手に決めてやるから覚悟しとけ」
「なんだと貴様!」
あれだ。変な柄の茶碗とか皿とか箸を選んでやろう。
ルキアが描くらくがきとか、いつかの白哉のワカメ大使ばりに。いやでもそれだとルキアが喜ぶから、もっと斜め上をいくようなのを探し出してやる。
「ちょっと待て一護!」
「待たねぇよ。ウチにいる以上は変な遠慮されるほうが迷惑だってんだ。いっそその性格悪いところでもみせて、とっとと馴染んじまえ」
「性格悪いとはなんだ!」
「るっせーな、そもそもオマエのお嬢様キャラおかしいんだよいいかげん気づけ!」
喧々囂々、またいつもの調子でケンカがはじまったが、一護もルキアの気づかない。
なんだなんだと自分たちをみる周囲の視線も、興味も、全部遮断して、ふたりのケンカはどんどんヒートアップしていく。
「そもそもオマエに食器なんか必要ねぇんだ! 紙皿と紙コップと割り箸で十分だ!」
「せめて百円均一とかのにしろ!」
「そういう問題か!」
「じゃあどういう問題だ!」
「しるか!」
売り言葉買い言葉で、ますます激化するふたりを止めるひともなく、暗くなって手ぶらで帰ったふたりは、遊子によりかなり悲しい夕食をとることになるのだけれど。


それはまた別の話だ。






END

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ケンカップル!
イチルキはラブよりバトル希望です。

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