この気持ちはなんだろう。
なんて、しっていて、
僕らは気づかない振りをする。




こい




「……あ」
まだ赤い夕日の残る空。
帰り道ふと通りかかったのは、あの日彼女がひとりきりで泣いていた公園だった。
今日は元気に仕事に向かっていったから、そんなことはないだろうが、なんとなく気になったシロップは、公園へと足を踏み入れた。
夕方の、しかも暦の上ではもう冬の公園は、静かで人気はまったくない。
「いるわきゃねーよな」
わかってはいたし、いなくてよかったという安堵と、ちょっと残念だと思う気持ちがない交ぜになりながら、シロップは首の裏に手を当てた。
「──ん?」
ふと、視界の端に気になるものをみつけた。
公園内でも、外れた場所にあるベンチ。その向こうに、見覚えのあるツインテールがあった。
間違えるはずもない、あれはうららだ。
「……」
もしかしたら、また泣いているのかもしれない。
そう思うと、無性に胸が苦しくなる。どう元気づけてやるか、それを脳内でシミュレートしながら、シロップはゆっくりとベンチに近づいた。
その距離が少し、また少しと近づくにつれ、シロップの首は傾いていく。
あれ、なんかおかしくないか?
うららは微動だにせず、その後ろ姿には思い詰めている人間特有の、張り詰めたものがない。
「……うらら?」
ベンチの背もたれに手をついて、そっと顔を覗き込んだら、いつもはキラキラと光っている瞳はなく、しっかりと瞼が下ろされていた。
「………………マジかよ」
うららは眠っていた。恐ろしいほど無防備に。
いいのか、売り出し中とはいえアイドルが、むしろ年頃の少女が、こんな誰がいるともしれない夜の公園で、ぐっすりと寝入っていていいのか。
とりあえず、周囲に不審な人影がないことを確認して、シロップはベンチを越え、うららの隣りに腰を下ろした。
「あ、台本」
彼女の膝の上には、練習中らしい台本が開いたまま置かれ、いまにもずり落ちそうになっている。
落ちて汚れては大変だと、シロップは台本を救出し、暇つぶしを兼ねてペラペラとめくってみた。
「──」
台本に入れられた赤の量に、目をみはる。
セリフの一つ一つに、丸みのある可愛らしい文字で赤が入れられていて、セリフやト書きの黒よりも、赤の方が多いくらいだ。
のぞみたちとの練習での書き込みや、リハーサルで受けたらしい注意も、事細かに書き加えられている。
こんな小さな細っこい身体のどこにそんなパワーがあるのか、学校にプリキュアに仕事に、うららはいつでもフル回転だ。
そう思うと、起こす気にもなれなくて、シロップは台本を最初から目で追ってみた。
「……ん、」
なんとなく読んでいるうちに、はまり込んでしまったらしい。
うららが身じろぎをして、けっこうな時間ここにいたことに気づく。 「──うらら?」
起きて欲しいのかそうでないのか、そっと名を呼べば長いまつげが震えた。
ゆっくりと開いた目は、最初茫洋と周囲を見渡し、シロップへと向けられた。
「……シロップ?」
「よぉ」
「おはよう」
なんとなくバツが悪くて、間抜けな挨拶を返せばうららはにこりと、花のように微笑んだ。
その笑顔に毒気を抜かれるのを感じながら、シロップは両手を頭の後ろに回して、ベンチにもたれた。
「お前、有名人なんだろ。こんなところで寝てたら危ないんじゃないのか」
いくらプリキュアだと言っても、普段は普通の女の子だ。
なぜか恥ずかしくて、そうは伝えられなかったが、うららは呑気にそうだねぇなんて呟いた。
「お前な」
「本当は反省しなくちゃって思ってるんだけど、……なんでかな。シロップがいてくれたから、平気って思えたの」
花がほころぶように、営業用でも本心を隠すためでもない、近しい者へ向ける優しい笑みに、シロップは心臓が一度跳ねるのを感じた。
「ありがとう、心配してついていてくれたんだよね」
「別に、たまたまだたまたま」
嘘だ。
心配だった。
でもそれは、うららが言っているようなものではなく、多分おそらく、独占欲。 自分でない誰かが、うららをみつけるのが嫌だった。
自分でない誰かに、うららが笑いかける姿なんてみたくなかった。
うららの傍に、いたかった。
「それでも、嬉しい。ありがとう」
シロップの本心なんてしらない彼女は、屈託のない笑みを浮かべる。
自分の身の内から沸き上がる感情に戸惑いながら、シロップはそんなことよりと話を変えた。
「根詰めすぎなんじゃないか? 無理しすぎるのも考えものだぞ」
「あはは〜、わかってはいるんだけど、頑張りたくて」
台本をぎゅっと抱きしめて、幸せそうな笑顔で言われてしまえば、シロップにもそれ以上なにも言えなかった。
「ならせめて、室内でやれ室内で。頑張って風邪引いたりしたら、意味ないだろ」
夏ならいざしらず、もう暦は冬をさしている。
練習量に口出しは出来なくても、場所くらいは指定させて欲しかった。
「あ、寒かったよね? ごめん」
不意にうららがシロップに手を伸ばし、自分のものより幾分か細い指先が、シロップの頬に触れた。
「っべ、別に! 大したことねーよ! っていうか、オレの話じゃなくてだな!」
まさかそっちの意味にとられるとは思わず、シロップは慌てる。
起こさずにいたのは、シロップがそうしたいと思ったからだし、傍にいたのも同じ理由だ。
たとえば、ここにいたのがのぞみやくるみや、他のプリキュアたちなら、シロップは間違いなく隣りに座り、目覚めを待つなんてことはしないだろう。
無理やりでも、揺り起こしているところだ。
それに、それを言うなり頬に触れたうららの指先だって、冷たく赤くなっている。
「……やっぱり、起こすべきだったな」
うららの手を取り、自分のてのひらで挟めば、氷のように冷たかった。
「すげー冷えてるじゃん」
「……」
少しでも、自分の体温が移ればいいと、シロップはうららの手を温める。
「シロップは手、暖かいんだねぇ」
「お前の手が冷たすぎるんだ」
感心したように言われ、半ば呆れた。
「家やナッツハウスじゃ、練習出来ないのか?」
だからこんな寒いのに、公園なんかで練習してるのか?
そう問えば、うららは小さく首を振る。
「そういうわけじゃないの。ただ、時たまね、ひとりきりで考えをまとめたくなるの」
きゅっと強い瞳をして、うららは前をじっと見据える。
「みんなの意見を聞くのは勉強になるし、監督さんの意見も大事だけど、自分でもちゃんと、役をつかめなきゃいけないの。言われるままじゃダメ。私の……私に、与えられた役だから」
「──」
「……ごめんね、変なこと言って。シロップは心配してくれたのにね」
取り繕うように笑ううららに、シロップは彼女の手をぱっと離すと立ち上がった。
「いいんじゃねーの、別に。うららの仕事だろ? 思うようにやればいい」
でも、今日はもう帰ろうぜ?
そう笑いかけて手を差し出せば、ふわりと笑ったうららが頷いて、シロップの手をとった。
その細さ、柔らかさに、自分たちは違う生き物なんだと思い知らされる。
自分は「男」で彼女は「女」で。
思い至って、シロップは口をつぐんだ。
互いに夢を語り、励ましあった。それだけの関係だろう、自分たちは。なにかがあったわけじゃない。
なのにどうして、こんな些細なことで胸が疼くのか。
なんのてらいなく、うららは柔らかく隣りで微笑んでいて、自分だけがこんなわけのわからない感情に振り回される。
「あのね、シロップ」
不意に、うららの声のトーンが落ちた。
先ほどまでの笑みは陰をひそめ、どこか必死の瞳がシロップを映す。
絡めた指にきゅっと力がこもった。
「……あの、ね。」
どうしたのか、さっきまでの表情が一変して、どこか切羽詰まった様子に、シロップは足を止めた。
「なんだ、どうかしたのか?」
すっかり日も暮れ、暗くなった公園のレンガ敷きの遊歩道。
うららは寄せた眉を緩め、ふっと表情を和らげた。
「ううん、なんでもない」
「なんだよ、言えよ」
どうみたってうららの顔は、なんでもないとは言ってない。
「……本当に、なんでもないんだよ」
「オレに関係あることなんだろ? なら言ってくれ」
辛抱強く言葉をかければ、うららの瞳が迷うように揺れた。
「…………笑わない?」
聞いてみなければわからない。
出かかった言葉を飲み込んで、シロップは頷いた。
頷かないと話が進まない。
「ええと、シロップは、みんなに優しいんだよなぁ……って、思ったの」
「は?」
「ううんっ、やっぱりいいっ。変なこと言ってごめん」
ぱたぱたと手を振り、慌てたように先をいこうとするうららに引かれながら、シロップは首を傾げた。
笑わないかと聞いたうららの質問の意図が、さっぱりとつかめないのだ。
自分がみんなにも優しいと、なにがあるのだろうか。
暗い中でもわかるほど、赤くなったうららの耳をみつめながら、シロップはぼんやりと考える。
「──っ」
不意にぱっと浮かんだ推測に、シロップの体温が一気に上昇する。
まさか、まさかまさか。
頭で否定はするが、シロップはどんどん赤くなっていく。
「あ。今度ね、舞台が初日なの。私はちょっとしか出番ないんだけど、よかったら観にきてほしい、かな」
「お、おう! 観にいくよ!」
不自然なほど声を張り上げ、真っ赤な顔を闇に隠して、シロップは心拍数をどんどんあげていく心臓に、わけもわからずうろたえる。
いや、わけならわかるのだ。わかりすぎるほどわかるのだ。
だけれど、そんな自分の感情にひどく戸惑う。
「シロップが観にきてくれるなら、余計に頑張らなきゃ」
握りこぶしを作って意気込むうららの、声がわずかにうわずって、互いに明後日の方向をみつめながら、つないだ手を離せずにいた。



胸にわく、この気持ちの名前は───。






END
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シロうら可愛いよ、シロうら!
そんなわけでずっとシロうら書きたかったので満足です。
両片思いみたいなふたりが好きです。がっつり両思いでも好きです。

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