ねぇお嬢さん。
そろそろ意地の張り合いはやめにして、お互い素直になってもいいんじゃない?




とりあえずの関係




「キキキキキリさんっ、落ち着きましょう!」
わたわたと片手をキリに突っ張って、これ以上ないくらい赤面したエルーが勢いよくバックする。
「無理。ていうか往生際悪いだろ」
エルーが下がればキリはその分距離を詰める。当然だ。でないと彼女は死んでしまう。
いろんな事情を取っ払っても、それは至ってシンプルな事実だ。
「オレも、たくさん考えたんだよ。トロイなんとかしてからにしようとか、エルーから言ってくれたらいいなとか。そういうことをずっと」
「ず…っ!」
「こんなあからさまでなに言ってんの。いっとくけどエルーに限らずオレの気持ちもダダ漏れだから」
「ダダ……っ」
真っ赤になってうろたえるエルーに、キリは畳み掛けるように言った。
そもそもなんでオレ、ついたばかりの真昼の宿屋でこんな青春大集合みたいなこと言ってんの? なんて、自問してしまいそうになるがそれはまた今度だ。
「さすがにオレも我慢の限界なんだよ。一応エルーの気持ち最優先にって思ってたんだよこれでも。でもあんた、オレの気持ち全然気づかない……のはいいとしても、いちいちどうでもいいこと気にしすぎなんだよ。オレが好きなのはあんたなのに、なんだってオレの気持ちやら言葉を深読みして、好きな女の子悲しませたりしなきゃなんないんだよ」
好きな女の子。の、くだりで、エルーの身体が面白いくらいびくつく。
顔に一気に血が集まってきたのかというくらい、真っ赤になって熟れたトマトのようだ。耳まで真っ赤にさせて、あの。とか、ええと。とか、なにかを言おうと口ごもってはまた閉ざす。
きっかけは、この街に入ってすぐの教会でみかけて結婚式風景だ。
それをみてエルーは綺麗ですねと笑い、自分もそうだななんて返した。
そこからふと、エルーの表情が沈んでいくのがわかった。
なにを考えているかなんて、考えなくてもわかる。
キリもいつか結婚するだろうとか、自分がいちゃ邪魔なんじゃとか、そういったエルーのいない(あるいは邪魔な)キリの未来を勝手に想像して落ち込みはじめたのだなと、すぐに想像がついた。
それはキリにとって腹立たしいことで、ムカついてムカついた結果が、いま現在の状況だ。
「オレはあんたが好きだし、結構わかりやすくしてる自覚もあるってのに、あんたがオレの気持ちや未来捏造して傷ついてんなら黙ってる意味もないだろ。だから言うけど、オレはエルーが好きだ。大好きだ」
「っ……」
ぼんとエルーの髪がなにかの衝撃で爆発し、これ以上ないくらい赤かった顔から湯気が立ち上りそうだ。
エルーがそうやって取り乱せば取り乱すほど、キリはかえって冷静になれた。だって言ってしまったものは仕方ない。仕方ないというか、もう取り返すことは出来ない。
ことエルーへの気持ちに関しては、うっそぴょーんと撤回するつもりも冗談にするつもりもないのだ。
キリはじっとエルーの反応をみる。
言いたいことは言った。あとの判断はエルーが決めることになるだろう。
どこかで、振られてしまうかもしれないという思いがあった。
エルーはシスターとしの任務に真摯で、だからこそトロイがある以上は受け入れてはもらえないだろうなといまでも思っている。
「わ、私は……」
ぎゅっと、エルーの手に力が込められた。
表情は強張っていて、なにかと必死に戦っているようにさえ映る。
困らせている自覚は充分あって、けれどそれでもキリは自分の発言を撤回しようとは思わなかった。
「迷惑?」
意地悪く問えば、エルーが反射的に首を振ってすぐにしまったとでも言わんばかりに取り乱す。
ああもう、可愛いなぁ。
抱きしめたくてうずうずして、ぎりぎりのところでそれを我慢する。
困らせたいわけではないのに結果そうさせている現状は、何度か想像をしていたけれど現実感があまりなかった。
でも、宿屋でふたりきりの状況で。自分はエルーにあっさり気持ちを伝えていて、そして返事を待っているいまこの瞬間は夢でもなんでもなく現実だった。
取り乱した気配は繋いだ手からずっと伝わってきていて、キリはじっと黙ってエルーをみた。
エルーは跳ねた髪をぴこぴこさせて、もごもごと言葉を詰まらせている。
けれどある程度落ち着いたのか、きゅっと口元を引き結んでキリを見上げた。
「キリさんのお気持ちは、すごくすごく嬉しいです」
ああ、これは振られてしまうな。
言葉の端に「ごめんなさい」の意図を感じて、キリは腹の底にため息を溜め込んだ。
わかってはいた。
任務に忠実にあたろうとするエルーからすれば、恋というものはいまはきっと邪魔なものなんだろう。
トロイに感染してシスターとなり、普通の女の子としての幸せを彼女はきっとあきらめた。ああもう、本当に邪魔な存在だなトロイめ。
トロイを介してエルーと出会ったくせに、そんな風に思ってしまう。
「でもいまは、トロイをなんとかすることだけで私の頭はいっぱいなんです」
しってる。でも、言わずにはいられなかったんだ。キリは。
スイと付き合ったことはあっても、こんな風にひとを好きになったことなんてなかった。
きっかけは確かに、しらない誰かの結婚式をみて落ち込んだエルーでも、キリ自身どんどん膨れ上がっていく気持ちを溜め込み続けることも出来なかったから、遅かれ早かれこんな展開にはなっていただろう。
いま振られたって、いいんだ。
強がり半分に思う。
両思いだと言う事実が、キリを奮い立たせてくれている。いま振られても、きちんとエルーに想いを伝えたことでもっと動きやすくなるだろう。
これから毎日、旅を続けている間に何度でも何度でも伝えてやる。
そうしてトロイを世界からなくしたら、それをエルーにみせて上げられたら。
「だから、待っていてください」
「え、あ?」
思いがけない「だから」の続きに、キリがうろたえた隙にエルーがにこりと笑う。
照れたように頬を染めながら、強い意志をにじませた瞳。
「私はいま、やっぱり世界からトロイをなくすことでいっぱいです。キリさんに協力してもらえて、それが叶いそうないまだから余計に。でも、トロイがなんとかなったら、全部きちんと終わらせることが出来たら、その時は私からキリさんに伝えたいんです」
なにを。とは聞けなかった。
答えのほとんどをエルーはくれた。
ならキリは、その未来がくるように努力するだけだ。
「わかった」
ほっとしたように笑うエルーの手は、汗で少しにじんでいた。
それが自分のものなのか彼女のものなのか、自分たちにもわからないだろう。
でも、それがくすぐったくて嬉しい。
自分でもしらないうちに緊張していたようで、笑った途端早かった心臓に気づく。
足から力が抜けてその場に座り込んでしまったキリは、改めてこの旅を早く終わらせられるように教会本部へたどり着けるように決意を固めた。
世界を救う理由なんて、きっとこんなものだろう。
少し前まで不思議な力があるだけで、一般市民と暮らしていたキリにとって世界なんて大きすぎて漠然としたものより、好きな女の子とずっと一緒にいるための旅の方が、わかりやすくてやりがいがあるというものだ。
「じゃ、改めてよろしくな」
いつかの再現のように差し出した手を、はいと頷いて握った。
固く握られたてのひらににじむ誓いは、未来への決意なのかもしれない。
そんなことを思いながら、とりあえず振られなかったことに安堵のため息をもらした。






END

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エルーにぐいぐいいっちゃうキリさんが書きたかったです。
髪ぴこぴこさせたり爆発するエルーが書きたかったんです。

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