多分これは勝負なんだ。
あんたかオレかどっちが根負けするかの。




サディスティックラブ




「キリさんて、いつもすごい平常心ですよね」
唐突に投げ出された問いに、キリはまたこのひとはなにか面倒なことをぐるぐるとひとりで考えてたんだなと理解する。
次の町へ向かう馬車の時間まで宿屋にカンヅメ状態が続いているせいでか、エルーも変なことを言い出すのかもしれない。
だってほら、今待ってる馬車は隔週らしいから。
ガゼルに狙われないのはありがたいわけだが、同時に広すぎず狭すぎずな部屋にこもりきりというのは、なかなかどうしてストレスがたまるのだろう。
暇つぶしをといっても、限度はある。
カードゲームにボードゲームはやり尽くして、いまは部屋に備え付けられた来客用のソファに、隣り合わせに座ってぼんやりしていた。
そんな生活は耐えられなかったらしいスイとファランは、馬車の時間までどこかに行くといって消えてしまった。
なんだかんだで最近、あのふたりは仲がいい。
そんなことをコンマ数秒で考えたキリは、その思考すべてを隠すようにさらりと返した。
「いや。そんなこともねーと思うけど」
そうして、エルーの反応を窺う。
どこかすねた様子の彼女は、不信感たっぷりな視線でキリをみた。
「そんなことなくないですよ」
「たとえばどこら辺が?」
小首を傾げて聞き返せば、エルーはぐっと詰まった。
あーあーそんなに眉間に力入れちゃって。
言葉には出さずにキリは思って、どうしたもんかとソファにもたれた。
見上げる天井は高すぎず低すぎずで、創作意欲が沸きそうなシミの類もなかった。
「エルーは、オレが取り乱してるところがみたいわけ? でもさ、ファランもよく言ってるだろ。常に冷静でなければこれから先生き残るのは難しいってさ。だから別に、悪いことでもないんじゃない?」
意趣返しのつもりはないが、聞いてみるとエルーはさらに黙り込んだ。
もごもごと口の中でなにかを呟いて、みるみる内に頬に赤味がさしていく。
お、珍しい。
キリへの想いを自覚して以降、エルーは滅多にキリへの恋情を表に出さなくなっていた。それはおそらく、彼女なりのけじめなんだろうと、少しばかり残念ではあったもののキリも下手につつくことはしなかった。
けれど。
「そんじゃあ、あんたに教えてあげようか。オレがどうしたらうろたえるのか」
「え」
「みたいんだろ?」
ぽかんとしたエルーに、にんまりと笑ってみせれば途端に彼女はうろたえだす。
オレじゃなくて、あんたが取り乱してどうすんだという心の声は、言葉には出さないまでもキリが噴き出したことで気づいたらしい。エルーはむぅっと頬をふくらませた。
「ぷ…っ、あっはははははは!」
「かっ、からかわないで下さいっ!」
「別にからかってるわけじゃないけど、ムキになってるからさ」
ひとしきり笑ったキリは、浮いた涙をぬぐって息を吐き出してエルーをみた。
まだ怒ってるらしく、膨れ面をしている。
わかっていないんだろうなぁ。
笑みをこぼしながらキリは思う。
何気ない会話や、触れ合い、ちょっとした動きで揺れる長いとはいえない髪の毛が、キリの頬をかすめるだけで、心臓がみっともないくらい跳ねる。
それはすべて自分の想いが彼女に向かっているからこそで、けれどそれを彼女は気づいてすらいない。
鈍いのか、無意識にみないふりをしてしまっているのかは、キリにはわからないけれど。
スイだけでなくファランにさえ駄々漏れているキリの想いを、感じ取ることさえせずにいるエルーに、感謝するべきか呆れるべきか、未だにその辺りの方向性をキリはつかみきれない。
伝えたい想いはいつだってシンプルで、けれどそれを伝えるのが難しい。
「でもさ、なんだっていきなりそんなこと思ったわけ? オレそんな風に言われるほど平常心でいたつもりもないけど」
「……う、そ、それは」
もごもごとなにか口の中で転がす姿に、目を細めて笑う。
意識されている。
そう思う瞬間、たまらなく心地よくもありぐっと腹に力をこめて平静であれと言い聞かせた。
好きな子の前では、いつだってカッコつけていたい男心を、おそらくエルーは理解していないだろう。
エルーが言う『常に平常心』なキリは、彼女にそうみせようとしている姿だ。
キリのなけなしのポーズはエルーにのみ機能しているあたり、彼女は本当に鈍い。
思わずキリは半眼でエルーをみて、ぽんと繋いでいない方の手で彼女の頭を撫でた。
「ちょっ、なんなんですかキリさん! バカにしてるんですか!」
「いや、なんとなく」
バカにはしていない。
ちょっと複雑なだけで。
そんなことを言えるわけもなく、エルーの追求を逃れるようにキリは視線を意味もなく窓の外に向けた。
「……早く気づけよ。そしたら、あんたにもきっとわかると思うよ」
「はぁ? なんですかそれ」
「さぁな」
なんてことを言いながら、きっと想いが通じてもキリはエルーの前でカッコつけ続けるんだろうとは思った。
それが男ってもんだろう。
てのひらに馴染んだ彼女の体温を、永久にこの場にとどめていたいから。
好きだよ。なんて言わない。
出来たら彼女に言わせたい。
彼女の中を自分でいっぱいにして、好きだって言わせてそうしたら笑ってオレもだよザマーミロと言ってやる。
いまは自分ばかりがグルグル振り回されているから。
主導権をいつかは握って、振り回してやるのだ。
泣かせるんじゃなくて、不安にさせるんじゃなくて、好きって気持ちでがんじがらめにしてやりたい。
なんて、ちょっと変態くさいのを自覚しながら、キリは密かに決めている。
自分からは絶対に、好きと言わないことを。
エルーがキリに好きと言わずにはいられない状況を作って作って、言わせてやると。
「とりあえず、エルーが思ったオレが『平常心』でいたシーンを羅列してもらおっか」
「はぁっ!? なんですかそれっ!」
自分でも胡散臭いと思うほどの笑顔を彼女に向けて、じりじりと詰め寄っていく。
「さー吐け吐け。吐かないと楽になんねーぞ」
「なんでそんな楽しそうなんですかっ。ていうか吐くことなんてなにひとつありませんから!」
じりじりと距離を詰めれば、その分エルーも後退する。
けれどソファには限りがあるから、あっという間に追い詰められてしまった。
「いまならカツ丼を食わせてやらんでもないぞ」
「なんなんですかそれはっ。別にちょっと、年上の女性に抱きつかれても平静だったり、命を狙われているときでさえ取り乱したりしないなーとか思っただけですよ。それ以上も以下もありませんっ!」
きゅっと眉を寄せて、それ以上の詮索を避けるようにキリをじっと見据えるエルーに、不覚にもキリはときめいてしまった。
「っ……」
ぱっと口元を手で押さえて、エルーから視線を引き剥がして、キリは一度体制を立て直す。
現状としては、エルーをソファの端に追い詰めているという、傍からみれば盛大に誤解を招きそうなものだけれど、それは全然意識せずに息を整えた。
まずい。これではミイラ取りがミイラだ。
「キリさん? どうしたんですか? 具合悪いんですか?」
さっきまで追い詰められてたというのに、この呑気さはなんだと思いがら、だからこそエルーはきっとキリの想いには気づかないんだろうとも思った。
エルーの心配をよそに、やーもう本当にあんたって可愛いよねなんて思いながら、キリは当面自分は彼女の前でかっこつけていられるなと確信していた。

そんな二人のいる宿の外を、間延びした声の鳥が一羽横切っていったが、ふたりはしるよしもない。






END
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キリは恋愛面ではSだと思いました。この話を書いてて。
好きな子ほどいじめたいっていうアレです。

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