実は、とってもすごいひと。
君は気づいてなんていないけれど。




長い夜に




旅を続けていけば、野宿をよぎなくされることがある。
野営地にしようと決めた森の開いた空間に、薪をくべて日を起こし、キリはひとり火の番と見張りを引き受け、他の面々は思い思いに寝静まった深夜。
キリはぼんやりと夜空を眺めていた。
自分は必然的にエルーと隣り合わせで寝るわけなのだが、彼女は遠慮がちに少しの距離をあけ、膝を抱えて眠っている。
ずり落ちそうな毛布をかけ直してやれば、むにゃむにゃと言葉にならない声を発していた。
「…………」
こんな寝方してて、身体は痛くならないのだろうか。
一度自分に寄りかかっていいと言ったら、全力で拒否されてしまったことがある。
あの時は、さすがに少しへこんだ。
手はつなぐし、ダンスのときには互いの身体に触れるのに、それ以外での彼女は、相変わらずキリに一歩ひいている。
スイのようになれとは言わないが、もっと打ち解けてくれればいいのに。
「って、そりゃゼータクってもんか」
眠るときの仕切りなくてもなにも言わなくなった、隣りで安心して寝てくれるようになった。
少しずつ、少しずつ距離は縮んでいるのだから、ここで自分が焦ってはいけない。
「つーかさ、お前いつからエルーのこと好きだったんだ?」
「あー? いつって、別にいいだ、ろ……?」
無意識のうちに答えたキリは、ばっと背後を振り返った。
「ダッメだなぁお前、こんなあっさり背後とられてちゃ夜襲かけられりゃイチコロだぜ?」
向けた視線の先では、なんのための見張りだよと、ニヤリと不穏な笑みをたたえたスイが、てのひらをひらひらさせていた。
「おっ前……、さっきまで寝てたじゃん」
そう、スイは一瞬前まで自らの髪に包まれ眠っていたはずで、なのにスイは、キリの動揺などどこ吹く風で、エルーの反対側のキリの隣りに腰を下ろした。
「まぁ寝てたけどさ、近くでピンクなオーラ出されちゃ気になるじゃん」
「っ、ピンクって…」
「つーか、気づいてないのエルーくらいじゃねーの? お前ときどきすげーエロい顔してニヤケてるじゃん」
「エロ……」
ズバズバと言われるスイの言葉に、キリはがくりと肩を落とした。
不幸中の幸いにも、エルーは一度寝たら朝まで起きることはないから、彼女に聞かれる心配はないが、それでもかなりきまりが悪い。
「なんかさーお前らみてると焦れったいつーか、うぜーっつーか。もういっそ告白しちまえよ」
「お前な」
「大丈夫だって、絶対エルーもお前のこと好きだろ」
「いやだからな」
なんとなく、そういうことをスイに話題にされると、腑に落ちない。 それに。
「それこそ、いまそんな場合じゃないだろ。オレにしたってエルーにしたって」
自分たちの前に積み重なる問題は、トロイだったりガゼルだったりとてんこ盛りだ。
色恋沙汰だなんだと、自分たちから問題を増やすわけにもいかないだろう。
「ンなの関係ないだろー。好きだって思ったときが言うときじゃん」
「……」
言ってることはマトモっぽく聞こえるが、それで振り回され、若干のトラウマにさえなりかけた身としては、なかなかどうして頷き難かった。
なにより、
「つーかさ、お前なんだってそんなこと言ってくるわけ?」
スイが戦い以外でお節介焼いてくるというのも気味が悪くて、不審な視線を隠さず聞いた。
どうしてそんなに、キリの背をつつくのか。
「だってエルーって天涯孤独だろ? ならお前とくっつきゃトロイ消えた後でも、タームにくるじゃん」
いまいちよくわからない理由だ。
そうなればもちろん自分は嬉しいし家族も手を叩いて大喜びするだろうが、スイがそれを望む理由はわからない。
「……まさかお前、女も好きなのか?」
タームにいたころは、それこそとっかえひっかえだったわけだが、ここへきてどちらもOKという、新たな事実が浮上してくる。
けれどキリの問いかけは、でこぴん一発で返された。
「ンなわけあるかよ気色悪い」
「っくは」
後ろに倒れそうになるのをこらえながら、キリはじんじんする額を押さえた。
「ってーな。正直お前のそこら辺の境界線がわからないんだよ。しかも初めてじゃん、女の子にそんな風に言うなんてさ」
タームでスイと言えば、いつもひとりだった。
同年代での同性は、乱暴なスイを得意とはしておらず、むしろちょっと避け気味で、スイ自身から近づくこともなかった。
「でもコイツさ、面白いじゃん。なんかすぐ怒るし、怒鳴るし、口うるさいし」
「お前ね」
「あたしさー、初めてだったんだよ。女の子に叱られたりすんの」
「──ああ」
そういえばスイに真っ向から食ってかかった女の子は、エルーが初めてかもしれない。
嫌味ではなく、本気でエルーはスイと向き合っていた。
戦いではそれなりに心配するし、不用意に近づいていけば本気で怒る。そんな風にスイに向かっていった人物を、少なくともキリはしらない。
「それにコイツ、それなりに強いみたいじゃん。トロイ治ったらあたしと殴り合いのケンカしてくれないかなー」
「それはしないだろ」
考えるまでもない。
即答すれば、スイはちぇーっと口唇をとがらせた。
「つーか、エルーと友達になりたいんなら、普通にしてればいいだろ」
つまるところは、そういうことなのだろう。
けれどスイは、嫌そうに顔をしかめてしまった。
「違うよバーカ。コイツ見た目は弱っちそうだけど、実は意外にやるとことか、センスいいとことか。……あ、なかなかイイ身体してるとことかが、ちょーっと気に入ってるだけ」
「ぶほっ」
「なーに噴いてんだよ。やらしいなぁお前」
あっはっはと笑い、キリの背をばしばし叩いてくるスイを、キリは恨めしげにみた。
だからスイには気づかれたくなかったというのに、これから先、ずっとからかわれ続けるかと思うと、しらず肩が下がってしまう。
「お前やめろよ、エルーが起きてるときにからかうの」
「あたしがそんなことするかよ」
「しそうだから言ってんだっつの」
言いながら、薪を焚き火にくべた。
バチリと爆ぜる炎が、キリやスイやエルーを照らす。
エルーの寝顔はやはり穏やかで、寝息は乱れることもない。
柔らかそうな頬に、淡くまつげの陰が落ちて、そこだけ切り取ってみればまるで平和そのものだ。
スイは四つん這いになって、エルーの寝顔をじっとみつめている。
「オイ、あんまり近づくなよ。いつ手が飛んでくるかわからないからな」
「は? なにそれ」
「寝相、悪いんだよこの人」
「っへー、意外ー。じゃあお前たまに顔腫らしてんのって、エルーにやられたんだ」
「……まぁな」
「なんか楽しそうだな」
「なんでだよ」
自分としてはかなり切実な大問題だ。
エルーの一発は意外に重いし、夜のたびボコボコにされてはかなわない。
「っわースイさんっ、服、服着てくださーいっ」
「っ!?」
突然叫んだエルーが、くたりと身体を倒し、そのままキリとは反対の方向に倒れていこうとする。
「ちょっ」
慌ててキリは腕を伸ばし、エルーの身体を支えた。
「ほらな。こういうことがしょっちゅうだ」
元の体勢にエルーを戻しながら言うと、スイはどこかキラキラした目でエルーをみつめ、嬉しそうに笑っていた。
「すーげー。コイツの夢ン中でどうなってんだあたし」
「裸族かなんかなんだろ」
「なんだよ、人を変態みたいに」
「……ある意味、間違っちゃないだろ」
エルーだけでなく、自分の前でさえ平気で脱ごうとするのだから。
「そういうこと言うなら、こうだな」
肩眉を跳ね上げ笑ったスイが、おもむろにエルーの身体をキリの方へえいと押した。
「うわっバカ」
そのままくたりと倒れ込んできたエルーは、キリの膝の上で気持ちよさそうな顔をして寝ている。
「人のこと変態呼ばわりした罰だバーカ。せいぜい朝にエルーに変態扱いされてやがれ」
「ちょっ、おまっ、スイ!」
ひらひら手を振って、少し先で丸まってしまったスイに、思わず大きな声をあげれば、エルーがうーんと身じろぎをする。
うわ、バカ動くな。ていうか起きないでください。
居心地悪そうにきゅっと眉を寄せたエルーは、もぞもぞとキリの膝の上で動き、具合がいいのか腰に紐で縛っていない方の腕を回してきた。
「……おーい」
さすがにこれはまずいだろうと、キリは額を押さえた。
もうちょっとこのままでいたい欲求を、ダメだと理性が抑える。
しかしそんなキリの葛藤をよそに、当のエルーはぐりぐりと顔をキリの腹にうずめてきて、実はこの人起きてんじゃね? という疑念をキリに抱かせた。
すっかり安心しきった顔で眠りこけているエルーをみていると、ひとり焦っている自分が馬鹿みたいだ。
「あーもう」
どうにでもなれとキリは現状打開をあきらめて、いまの状況を受け入れることにした。
エルーが起きて騒いだら、事故だと言ってさらりと流してやる。
エルーにだけはまだ通じているらしいポーカーフェイスで、乗り切ってやろうじゃないか。
「みてろよ。絶対にオレからはボロ出さないからな」
この胸の内を明かすのは、全部解決してからだ。
でなきゃ想いは同じでも、エルーは二の足を踏むか、最悪ふられてしまうだろう。
すでに跳ねはじめている空色の髪に触れて、キリは身体の奥から湧き上がってくる想いを押し殺すように天を仰いだ。
好きだな。
胸によぎるのは、ただそれだけ。
可愛い、触れたい、守りたい、笑っていて欲しい、いつでも自分だけをみて欲しい。
そんな欲求が、自分にあったなんて驚きだ。
これまで、恋をしたことはあるけど、こんなにも自分のすべてを支配する感情は、正直はじめてだった。
「あんた、すごいよな。実は」
キリばかりを彼女はほめるけど、彼女だって自分と同い年なのに、こんな状況化でしっかり立って、笑って、努力して。あのスイにまで認めさせた。
あの時、この人を追いかけてよかった。
でなければ、しらないまま永遠に会えなくなるところだった。
あんたに、会えて本当によかった。
「はい」
不意にエルーが、へにゃりと無防備な笑みをさらした。
おっとーっとキリはすぐさま視線をそらしたが、心臓がやたらと忙しなく動き出す。
「……本当に、すげーよあんた」
さっきとは違う意味で呟き、キリは真っ暗な空を仰ぐ。
明日の朝、目が覚めたときに大騒ぎするであろうエルーへのいいわけを考えながら、ほんの少しだけスイに感謝した。






END
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本人が聞いてないところでのノロケとか恋バナとか好きです。
一番書きたかったのは「エロい顔してにやけるキリ」という突っ込みです(笑)

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