好きといえない代わりに、想いのカケラを君に届けよう。




恋せよ少年




デオドラドを出たあの日を境に、エルーの態度は目に見えて変化したとキリは思っている。
ふと視線がからめば、熟れたトマトみたいに顔を真っ赤にするし、どもるし、汗びっしょりになるし。
スイにバレてからかわれないのが不思議なくらいな変化には、さすがにキリも参ってしまった。
だってこんなにあからさまな気持ちをみせられて、ポーカーフェイスなんて保てないだろう。
「あ、キリさん。向こうに鹿がいますよ、可愛いですねー」
「……ああ、本当だな」
町と町とを繋ぐ街道は、両脇は広く広大な草原だった。
いかにも狙って下さいと言わんばかりなシチュエーションだが、自分たちの後方を歩くファラン曰く、草原の先にみえる森は入り組んでいるから、襲われた際の逃げ道になるし、ここまで周囲になにもないと、相手も奇襲しにくいということらしい。
その代わり、正々堂々真っ正面から大人数で攻め込まれたときは、死ぬ気で頑張れという頼りない助言ももらったが。
そんなわけで、エルーの指さす方向には鹿の親子がいて、耳をヒクヒクさせながら、こちらを伺っていた。
寄り添うように立っている姿は、まぁ可愛いことは可愛いかったけれど、キリはまったく違うことを考えていた。
言っていいか? 突っ込んでいいか?
普段通りを意識してるんだろうが、微妙に合わない視線とか、あからさまにそらされる話題とか、ほんのり色づいた頬だとか、焦ったような声だとか、もう色々突っ込んでいいか。
許されるなら、

鹿よりあんたの方が可愛いよ!

と、言ってやりたい。
これが、エルーが言えない代わりに態度で気持ちを示そうっていうんなら、キリだってそれなりな態度を返したかもしれない。
でも本人は至って真剣に、自分の気持ちを隠しているつもりらしいのだ。
そんないじらしさは、ひどくキリのなにかをチクチクと刺激すると同時に、大きな抑止力にもなっていた。
抱きしめたいとか、キスしたいとか、そんな欲求が頭をもたげるが、懸命にポーカーフェイスを装って自制している。
自分がそんな変態みたいなことを思うなんて、考えてもみなかった。
「キリさん?」
「んー」
「どうしたんですか、ボーっとして。具合でも悪いんですか?」
「──っ!?」
そっと、額に触れた手の柔らさに、一瞬ポーカーフェイスを忘れた。
手ならずっと繋いでるし、出会ってからずっとどこかしら触れあっているが、なんかいつもと感じが違ったのだ。
「うわーっ、キリさん熱っ、赤っ」
「あ、赤くねーよ!」
「ダメですよそんな強がり言っても! 無理したら余計にひどくなるんですからね! ファランさんたちに言って、少し休憩させてもらいましょう」
まくしたてるエルーに、キリはヤバいヤバいと懸命に思考を巡らせる。
フレアの効果か、キリは風邪なんて引いたことがないし引くこともないだろう。
そして恐ろしいことに、スイはその事実をよくしっている。
誰に気づかれてもあいつにだけは、赤くなった原因を悟られるわけにはいかないのだ。
共に旅を続けているようには見えないくらい、かなり離れた距離にいる、ファランたちの方へ向かいかけたエルーの手を、キリは強くつかんで引き寄せた。
「ファランはともかくスイにはしられたくないから、言わなくていい」
「あ、す、……すみません」
さっきまでものすごい剣幕だったエルーは、少しだけ傷ついた顔をしてすまなそうに頭を下げた。
そのことに、キリは内心焦る。
そんなにきつい言い方をしただろうか。傷つけてしまったろうかと。
「そうですよね、スイさんには心配かけられませんよね」
にこりと笑みを浮かべて言ったエルーに、キリは彼女がなにを思ったのかを全部理解した。
心底勘弁してもらいたい勘違いだ。けれど、それを敢えて訂正すれば、確実にドツボにはまってしまうだろう気がするのはなんでだ。
「……あのさ、なんか勘違いしてるみたいだけど、オレもうスイのことは、なんとも思ってないからな」
がくりとうなだれて、それでも弁明してみるがエルーはただ笑うだけだ。 その笑顔に、無理しなくていいんですよ。みたいな感情が透けてみえて、キリはいっそ全部ぶちまけてやろうかと思った。
けれど言わない。言いたくない。
自分は大概負けず嫌いだ。
「でも私、キリさんとスイさんはお似合いだと思いますよ」
「はぁっ!?」
「スイさんもすごく綺麗な方ですし、ま、まぁちょっと、色々と、大変なこともありそうですけど」
「あんたそれ、本気で言ってんの?」
「え、あ。すみません。ちょっとじゃないですね」
「そーじゃなくてさー」
「え、え」
戸惑ってるエルーに、その場に膝をつきたい衝動に駆られながら、キリは必死で立っていた。
眩暈がする、頭も痛い。こんなことで擬似風邪体験なんてしても、全然嬉しくないのに。
「キリさん?」
「……いや、うん、なんでもない」
ぐらぐらしたまま頭を押さえていたら、気遣わしげな目をしたエルーが顔を覗きこんできた。
「やっぱり、具合が悪いんですね。大丈夫ですか? きつかったら私に寄りかかってもいいですよ」
「……あ、そう?」
もう、なんか色々どうでもよくなってきて、キリはそのままエルーの肩に額を預けた。
柔らかな髪が、ふわりとキリの首筋をくすぐる。
ほんのりせっけんのいい匂いが漂ってきて、このまま抱きしめちゃだめだろうかなんて、不埒なことを考えてしまう。
「キリさん、大丈夫ですか? やっぱり無理してたんですねー。ファランさんたちがくるまでの間、少し休憩していましょうか」
くすくすくすと、女の子特有の涼しげで柔らかな声音を聞きながら、キリはちぇっと呟いた。
もしかしなくても、こども扱いされている。
少しくらいはうろたえてくれたっていいのに、いまの状況はエルーにとってはただの人命救助らしい。
でも、いまはまだそれでいいんだと、キリは自分に言い聞かせる。
今好きだと彼女に言ったって、なんだか上手くない気がするのだ。
間違いなく彼女の優先順位の一番てっぺんには、トロイの三文字がででんと乗っかっているのだろうから。
「立ってるのつらかったら座りましょうか?」
「いや、このままでいい。から」
「――え?」
せめてもの意趣返しだと、キリはエルーの背に腕を回して抱きしめた。
柔らかい感触につい頬が緩みそうになってしまって、自分はどこの変態オヤジだと自問する。
「キキキキキキリさんっ」
「なに?」
「なに? じゃなくてですねっ」
あからさまにうろたえているエルーに、キリは充足感を覚えると同時に、細い身体にこのひとこれから旅を続けて折れないんだろうかなんて心配もする。
「あんたさぁ――」
本当に可愛いよね。
小さく小さく呟いた本音は、どうやら彼女の耳に届いたらしい。
華奢な身体が一瞬、びくっと震えた。
多分彼女の顔は真っ赤だろうが、それ以上に自分の顔も赤くなっているに違いない。
だからキリは、エルーの肩にうずめた顔を上げないまま、恥ずかしさを隠すように腕に力を込めた。






END

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滅多に本音を言わないけれど、たまに我慢出来ずに言えばいいよと思います。
好きな子と二十四時間一緒で、なにも言えないって地味にきついですよね。っていう。

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