いまじゃなくていいから、
願いが叶ったその日でいいから、
どうか咲かせて欲しいと願う。



恋の花




「……マジで寝ちゃったよ」
深夜。自室にて。
キリはカーテンに仕切られた向こう側から聞こえる、規則正しい寝息にがくりとうなだれた。
「普通、そこまであっさりとは寝ないだろ……」
愕然とした気持ちで呟くものの、状況になんら変化があるわけではない。
今日一日だけで、いろいろなことがあった。
気になる女の子が出来て、ちょっと声をかけて名前を聞いて、よければ昼飯でも一緒にどうかななんて思っていたら、そういう段階をすっ飛ばした関係になってしまった。
いわく、トイレも風呂も寝るときも、一瞬一秒たりとも手を離すことが出来ない関係。
「なんだそりゃ」
思わず、そんな突っ込みが口をついて出た。
あらためて、とんでもないことになったなとは思う。
自分は、ちょっと不可思議な力こそ持っていたが、さほどひとと変わらぬ日常を送ってきたし、これからもそんな日常を続けていくのだと思っていたから。
世界を救うとか、そんなん、正直重くて冗談じゃねーと思ったのも否定は出来ない。
でも、でもだ。
ちょっと気になる女の子が、とてつもなく気になる女の子になってしまった。
だって仕方ないじゃないか。
そう、誰にでもなく言い訳をする。
外見だけが好みでも、性格が伴わないという可能性だって考えないわけじゃなかった。
事実身近に、限りなく残念な実例があるから。
でも、違ったんだ。彼女は。
腹がたつことに、キリのことはいっさい意識なんてしないで、キリを生かすために自らを犠牲にしようとしてみたり。
大人しそうかと思えば、意外にずけずけとものを言うところもある。
涙もろくて、責任感が強くて、意地っ張りだ。
そしてキリは、そんな彼女をどんどん意識してしまった。 一目ぼれだった。世界が変わってしまった。
「…………ぅあー」
ダメだ。顔が笑う。
多分相当しまりのない顔をしているのだろう。
ぼすっと布団に寝そべって、左手で顔を覆った。
誰も見ていないのだから、堂々とにやけられればいいのだろうけれど、男のプライドがそれを許さなかった。
だって自分は最初から、彼女を『女の子』としてみているのに、あくまでも彼女の中の自分は『希望』だ。
仕方ないことだとわかるし、誇らしさがないわけでもないが、やはり悔しさが勝った。
自分だけが意識している、自分だけがものすごく意識している。
すやすやと寝息を立てているエルーは、キリを異性と認めてはいるものの、そういう相手として意識しているわけではない。
「くやっしいなー」
「は、はい。……すみま、せん」
「――っ!?」
突然となりから聞こえてきた声に、キリはがばりと身を起こして固まった。
え、起きてた? ひとりで悶々としてたのも聞いてた?
つーかオレ、ひょっとして声に出してた?
ばくばくと心臓が鳴り出して、冷や汗さえにじみ出る。
しかも「すみません」ってフラれんの確定?
カーテン越しにエルーのいる方をむいて、ごくりとのどを鳴らした。
「も、もう、…………食べられないです…」
むにゃむにゃと唸るような声がして、いろんな意味で疲れてしまったキリは、盛大なため息を落とした。
こんな明瞭な寝言聞いたことないぞってくらい、はっきりとした寝言だった。
しかもさっきから、異様に手を引っ張られたりしているのだが、もしかしなくても、彼女は寝相が悪いのだろうか。
「おいオレ、本当にこのひとでいいとか思ってんのかー?」
思わず、自問自答してしまう。
ブンと勢いよく飛んできた足に、相当な寝相だと思いながらカーテンを開けてみれば、どうやったらこんな体勢になるんだと突っ込みたくなるような体制で、すよすよと安らかな顔で眠るエルーがいた。
「…………ちょっと、信用しすぎじゃないか?」
自分だけでなく、彼女だって色々あったから、熟睡してしまうのもわからないでもないが、それはそれだとキリは思う。
年頃の女の子が、ちょっとしりあった男の前で、素足を投げ出して寝ている姿というのは、結局やっぱりなんだかんだで『安全圏にいる男』扱いされている気がして、やはり悔しさが勝ってしまう。
「みてろよ」
起こさないように注意しつつ、エルーの体勢と布団を整えてやって、キリはひとり静かに決意をする。
「意識して意識して意識しまくるようにしてやるからな」
自分だけの一方的な想いなんて、いやだと思った。
一人で色んなものを抱えて苦しんで、少しも分けようとしない少女に腹が立った。
どの道これからしばらくは、自分たちは運命共同体だ。
一緒に協会本部を目指すと言ったし、キリはもうその覚悟を決めている。
その大前提は、彼女を死なせたくないから。それだけだ。
世界も、トロイも、二の次で、いまのキリの目的のすべては、エルーに起因している。
協会本部へ、この手を離すことなく絶対にたどり着いてやるんだと。
それまでに、咲けばいい。
自分の胸に咲いて、どんどん花開く想いのように。
時間も、機会も、たっぷりと与えられたのだから。
これから彼女のもっとも近くにいられるのも、彼女と苦楽を共に出来るのも、自分だけだから。
チャンスも、きっかけも全部自分次第だ。
「お」
突然、エルーが苦しそうに眉を寄せはじめた。
なにかいやな夢でもみているのだろうかと、キリは紐ぐるぐる巻きにしてある手に力をこめた。
大丈夫だと、傍にいるんだというように。
これまでいろんなことを一人で堪えて、飲み込んで、耐えてきたんだろうけれど、もう自分が傍にいるんだと伝えたかった。
顔を覗きこめば、幾分か表情が和らいだようにみえて、ほっとして笑みがこぼれた。
「……エルレイン?」
「うー、ミ、ミンクさ…。そ、それはダメですってばー!」
「うごっ」
ものすごいいいパンチが、キリの右頬にクリティカルヒットして、キリはそのまま後ろに倒れこんだ。
「…………まじかよ」
いいパンチだった。
ものすごくいいパンチだった。
おかげで頭がくらくらとして、目の前では少し星がちらついている。
いったい彼女の夢の中では、母親はどんなことをしでかしてくれているのやら。
でも、そんなことじゃなくて。
「名前呼んだだけでこの威力かよ」
心臓がばくばくいうし、顔が熱い。
恥ずかしさに、布団の上をごろごろとのた打ち回りたくなる。
「こりゃ、しばらくは呼べないな」
顔を覆い隠しながら、キリはため息混じりに呟いた。
キリにとっての試練は、ガゼルでもトロイでもなくてエルーなのかもしれない。
まだキリの中で完全に花開かない想いは、恋という名前をしていた。
暗い部屋の中で、そんなことをぼんやりと考えてから、キリはエルーに布団をかけ直してやる。
最初の印象とは大きくかけ離れていくのに、胸に灯る優しさや切なさは、けっしてキリから離れていかないのだ。
「オレの名前も、呼べばいいのに」
夢にも、みればいいのに。
つい飛び出した呟きは紛れもなく本音で、キリは慌ててその言葉を打ち消すと、カーテンを閉めて自分の布団に潜りこんだ。






END
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キリを自分なりに解釈してやろう企画!(続かない)
滅多に名前を呼べないのも、クールぶってるのも、男の子だからかなーって思います。

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