いつだって振り回されるのは、その周囲の人間なのだろう。




くるくるまわって




「銀ちゃん銀ちゃんっ、アイス、アイス食べたいアル」
くいくいと、となりを歩く天パの服をつかんで、神楽は言った。
すでに十六歳になった神楽は、身体的にはそれなりに大きくなったけれど、内面はあまり変わらない。トレードマークのお団子も、番傘も、下手な日本語も。
彼女の指さす先には、一件の駄菓子屋。
けれど銀時は、首をこきりと倒して耳をほじる。
「あー、冗談じゃねぇよ。お前いま何月がわかってんの? 二月だぜ二月、こんっなクソ寒ィ日にクソ冷たいもの食べたくなるほど、銀さんMじゃないんだよ〜」
「えー、寒いときこそ冷たいものを食べるのが乙ネ。アイツも言ってたヨ」
「……アイツ? あ、あぁ沖田くんね沖田くん」
問われて神楽は頷く。
少し前までは沖田の名を聞いただけで、ものすごいいやそうな顔をしていたのに、不思議なものだと銀時はひとしれず思うのだ。
神楽と沖田は、いわゆる男女のおつきあい。というものをしている。
とは言っても、端からみていた保護者一同からすれば、遅いくらいだけれども。
「こないだ雪降ったとき、あんまり寒い寒いってマヨが騒ぐから、あいつのご飯全部氷にすりかえたそうネ。なんでもえらく気に入って泣いて喜んでたらしいアル」
「…………神楽ちゃーん、銀さんそりゃあ喜んで泣いたんじゃないと思うなー」
「なんでアルか? アイツ夜鍋して本物のご飯と変わらないように仕上げたって言ってたヨ」
「いやいやいや、なんだってあの子は面倒くさがりのくせしてそういうとこマメかねー」
言いながら、内心では今度土方にあったら、そのネタでいじめてやろうと思った。
神楽と沖田は和解したけれど、万事屋対真選組の関係がよくなったわけでもない。
今でもヤツとは顔をつきあわせるたびに張り合っている。
…………。
いやいやいや、奴らが絡んでくるだけで、自分はうんな下っ端どうでもいいけどな。とか、そんなことを思いつつ、銀時はふと遠くにいる人影に気がついた。
「お、噂をすればなんとやらじゃねぇか」
そういって示せば、神楽の表情はみるみるうちに明るくなった。
「そうごー」
ぶんぶんと手を振って、彼を呼ぶ。
いわずもがなその先にいたのは沖田で、仕事中らしくくわえ煙草の土方もいた。
「なにしてんだテメーら」
開口一番言ったのは土方で、なにやら怒っていた。
けれどそれはいつものことにので、誰も気にしない。
「総悟総悟、アイス買うヨロシ。銀ちゃん買ってくれないアル」
「アイス? このクソ寒ぃのに、アイスたァずいぶんと酔狂じゃねぇか」
「いいから買うネ。私はいまアイスが食べたいアル」
自然に沖田の腕にまとわりついて、神楽は言う。
嬉しそうなその顔に、少しさびしいと思うのは娘を嫁に出す父の心境なのだろうか。
「…………つーか、ハゲこれしったらどーなんだオイ」
自分の思考からふと神楽の実父を思い出し、呟いた。
どう頑張ってもいきつく答えは血の海だった。
それを聞きとがめたらしい沖田は、けれどにやりと悪い笑みを浮かべる。
「大丈夫ですぜ旦那、ちゃんと手は打ってまさァ」
財布から小銭をとりだし、神楽にアイス代を渡しつつの言葉に、銀時はほっと胸を撫で下ろす。
「そーかそーかそーか。俺ァてっきり江戸が惨劇の舞台になんじゃねぇかと」
「対海坊主用にそれなりの武器開発中なんですぜ」
「…………は?」
なに、アホの子のくせに武器開発なんかしちゃってるの君。
つい、そんな見当はずれなツッコミがでかけて、銀時は口をぽかんと開ける。
みれば土方も、くわえていた煙草を地面に落としていた。
「……総悟、なんだそりゃ、俺聞いてねーぞ」
「そりぁ言ってませんからねぇ」
「……いや、待て待て待て待て。お前さ、なんでそんな物騒なこと考えちゃってんの。ちゃんと事前にあいさつとかしてさ、穏便に話しを進めようじゃないか」
「いや、俺って照れ屋だから挨拶とかってむいてないしー」
「「むくむかねぇの問題じゃねぇぇぇっ! 戦争でもやらかす気かこのアホンダラ!」」
重なった銀時と土方の怒鳴り声にも、沖田は堪えた様子がなく、飄々としている。
「お前ら、なに騒いでるアル?」
ご機嫌な神楽が、アイスを食べながらやってくる。呑気だ。
「オイ神楽、お前からもなんか言えよ。コイツお前の父ちゃんと戦争する気だぜ」
「戦争? それはいけないヨ」
神楽が止めれば、さすがの沖田も考えを改めるかもしれない。
けれど神楽が口にだしたのは、それ以上のことだった。
「パピー殺るのは、保険かけてからネ。戦争なんて一目ぼれみたいに突発的にやられちゃたまらないアル」
「保険なんていらねぇだろィ」
「なに言ってるネ。世の中金さえありゃなんでもできるアル」
「はーこれだから女ってのはダメなんでィ。それに新武器のためし撃ちでうっかり土方さん爆撃したら俺の給料倍以上に跳ね上がるんだぜ?」
「オイィィィッ!! 俺の暗殺も計画のうちに入ってんのかよっ!」
土方は叫んだが、ふたりはまったく聞く耳持たずに話は続いている。
「それでも、そんなはした金より保険の方が大きいヨ」
やいのやいのとはじまった口喧嘩に、保護者二人はぽかんとみつめるしかない。
「……ねー、土方くん」
「……なんだよ」
「……俺ら、もしかして教育間違った」
カチリと、ライターが煙草に火をつける。
その手がぶるぶると震えているのはみなかったことにして、銀時は空を仰いだ。
「……疎開、しよっかな」
その呟きは、沖田と神楽の言い争いにかき消され、自分の耳にさえ届かなかった。






END

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