みえてますか。
みて、くれていますか。




カミサマはしってる




「なにしてるネ」
番傘はくるくると回り、不機嫌そうな顔が沖田を見下ろしてきた。
なにしてるか。なんて、みりゃあわかりそうなものなのに。
放っておいて欲しいと思いながら、律儀に答えてやる。
「息」
「ひとさまの家の屋根の上で寝そべってすることじゃないネ」
「テメーこそ散歩にしちゃあ、おかしなコース通るじゃねぇか」
欠伸まじりに沖田は言う。
いつもの、飄々とした口調なのに、目元にくっきりとあらわれている隈。
妙に張りつめられた気配、空気。
違和感か神楽がいる時間に比例して募っていく。
「……オマエ、ちゃんと寝てるアルか? 目の下真っ黒けヨ。パンダもびっくりネ」
「あー、いつかの寄生型エイリアンにでも、のっとられたかねぇ」
やる気のない言葉。
ぴりぴりとした空気の中にある、物悲しさ。
そう言えば、先週の銀時もそうだった。
昼間からどこへいくとも言わずでかけ、パチンコかと思えばそういうわけでもなく、夜遅くに帰ってきたとき、迂闊に飛びついてはいけない気配があった。
いつもの、ふざけた言動も、にたりとした笑みも、変わりなかったというのに。
「先週」
言うと、ピクリと沖田の指先が動く。
「先週、銀ちゃんの様子も変だったネ。オマエ、なんかしってるダロ」
確信的な神楽の言葉に、一瞬だけ身体中に叩き込まれた殺気は、まぎれもなく本物で、反射的に後方に飛んで傘をかまえた。
なのに沖田は、身動ぎひとつせずに空虚な笑みを浮かべるのだ。
「旦那のことだ、パチンコで大負けでもしたんじゃねーのかィ」
よっこらせ。と、上体を起こして沖田はつげ、隊服についたほこりを払うような仕種をしてから、くるりと神楽に背を向けた。
「どこいくアル」
「どっかのチャイナがうるさくて昼寝にならねーんでな、場所移すんだィ」
ひらひらと、沖田は振り向かないまま手を振る。
咄嗟に神楽は屋根を蹴って、沖田の腕をつかんでいた。
「離せ」
「イヤアル」
「――離せっつってンだろィ」
ぞわりと、背中を取りぬけていくのは、間違いようのないほどの、強い殺気だった。
やはり、今日の沖田はいつも以上におかしい。
いつもは、神楽の散歩コースだったり、公園のベンチだったり、橋の上だったり。
待ち伏せでもしてんのかというような出現率で、彼はいた。
けれどこの一週間、ぱたりと姿をみせなくて。
今日彼をみつけたのは神楽だけど、神楽にみつかる場所にでてきたということは、そういうことなんだろうと思う。
「私、オマエ嫌いネ。だから嫌いなヤツの言いなりになんかならないアル。絶対、離さないから覚悟しとけやコノヤロー」
「…………」
神楽をみることのない、瞳はただ屋根瓦をじっとみているようだった。
なにを言おうか、逡巡しているような気配。
わかっては、いる。
いま自分がしているいことの残酷さは。
けれど沖田は自分から、神楽のテリトリーにやってきたのだ。
なら自分は、したいようにするだけだ。
「オマエ、なんか変ヨ」
腹の中を探りあうのなんて、性に合わないから直球で聞く。
気がついているのか、いないのか。
少し黙った沖田が、痛い息をもらす。泣きそうな、笑い。
「しってらァ。だからいま、ここにいるんじゃねーか」
きつく、握りこんでいた沖田の手が、白くなっていた。
爪が喰いこんでいるんじゃないだろうか。
「なんでそんなに辛そうにしてるネ。なにが、」
あったのか。
それを、言葉にしていいか一瞬迷う。
自分たちはそもそも、傷をなめあうような関係じゃないはずで、自分には銀時が、新八がいるように。沖田にもゴリラやマヨがいるはずで。
「――」
唐突に気がついた。
ああ、違う。と。
近いからこそ、いいたくないことがある。
近いからこそ、みせたくないものがある。
大切だから、大事だから。
「なにがあったか言うヨロシ。特別に、聞いてやるヨ」
「いらねぇよ。いらねぇけど」
ぐいと、引き寄せられて、あっという間に神楽は沖田の腕の中にすっぽりと納まっていた。
「テメーがなにかしてぇってんなら、しばらくこうさせてやるよ」
ぐっと、背中に回った腕に力がこもる。
なにがこうさせてやる。だ。偉そうに。
そうは思うけれど、言うつもりはなかった。
だっで今日だけの"特別"なのだ。
「なぁ、なにがあったかはしらないけど、大丈夫アル。きっと。マミーいってた。どんな星でも、空の上にはカミサマがいてくれてるって。マミー死んじゃったとき、私にはなにもなかったけど、でもそう思うと嬉しかった。独りじゃないって、言われてるみたいだった。私たち、お日様には嫌われてるけど、青空はみていてくれる。カミサマが、笑ってくれているからヨ」
抜けるような青空。
秋の、高い高い空。
「……救いようもねぇ馬鹿だァ。テメーは」
かすれた声は、少しだけ遠くなった。
沖田が空を見上げたのだと思う。
「この貸しは、酢昆布で勘弁してやるヨ。ありがたく思うアル」
「借りなんか、作った覚えはねぇや」




沖田の姉が亡くなったとしったのは、その一ヶ月後だった。






END

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