こんな日が、たまにあってもいい。




閉鎖空間でのお話




「あ」
開かない。
ガタガタと扉を動かすもびくともしない。
校庭の端のさらに端にある、体育倉庫。
お妙と着替えに戻る途中で、片付け忘れたボールがあったのでしまいにきたのだけれど。
「おーい、誰かいるアルかー? マダオーだったらボコボコにして校庭ひきずりまわすくらいで許してやるネー。マヨラだったら一週間お前のマヨネーズに生クリームすげかえるくらいで勘弁してやるヨー。新八だったら生殺しなー」
「おいおいそりゃ半殺しだろィ」
がんがん扉を叩いて、しまいにはごすごす蹴り倒していると、思いがけず背後から声がした。
手を休めて振り返れば、ボールのつまったかごの影から、へんてこなアイマスクをずらした沖田が顔をのぞかせた。
「……お前、なにしてるネ」
大きな欠伸を隠すことなくして沖田はごきりと首を倒して鳴らすと、神楽の傍へとやってきてコツリと扉を叩いた。
「ここの扉、内側から閉めたら勝手に鍵がかかるって、朝に先生が言ってたの忘れたのかィ」
「しらないヨ」
朝はなんだかすごく眠くて。
あれ。寝ていた気がする。そうだ。
それで体育で移動だからと、お妙に起こされたのだ。
「…………て、お前その話しってて、なんでここにいるネ。しかも制服で」
沖田は、ニットのベストの制服姿で、どこからどうみても体育の授業には出ていない感じだ。
対する神楽は着替えの前なので、ジャージ上下。
「やっぱアレだな。ブルマは廃止しない方がいいと思わねぇ?」
「しらねーヨ。親父かヨ。この変態ヤローが」
「つれねぇなァ」
「じゃなくて、お前なんで……まさか、お前も」
「閉じこめられて気づいたんでィ。さて、どうしたもんかね」
「ぎゃーっ! たぁすけてぇぇぇっ、ヘルスっ、ヘルスミィィィィィッッ!!」
「叫んだって誰もきやしねぇよ。もう昼休みだからな。あきらめて午後の授業でどっかのクラスが体育やるの祈ってようぜ」
言いながら沖田は、倉庫の置くからマットをずるずるとひきずってくる。
更には、せんべいの袋やら、けっこう大きめな魔法瓶やら、チョコやらスナック菓子やら。
「お前、なんでそんな持ち込んでんだヨ」
「ここ、俺のサボリスポットその1なんでィ。こうなった以上はもうつかえねぇけどな」
マットの上に座り込み、沖田は菓子の袋をべりりと開ける。
その1ということは、他にもいろいろあるようだ。
どうりで土方が、沖田がさぼるたび校内を駆けずり回るわけだと、神楽は思う。
「…………」
ふと鼻先を、スナック菓子特有の香ばしいにおいがくすぐる。
体育の後で、しかもほとんどの授業を寝たおして、早弁さえしていなかった神楽は急に空腹を覚えた。
けれど、沖田にお菓子をわけろというのも、癪で黙ってそれをみつめる。
「土下座して下僕になるって言やァ、わけてやらねーこともねぇぜ」
ニヤリと口の端をあげて、沖田が言った。
むかっ腹たって、神楽はどかりと沖田のとなりに座り込み、なにも言わずにせんべいの袋に手を伸ばす。
「冗談じゃねーヨ! お前の下僕になるくらいなら、ありんこに弟子入りした方がマシネ。それに、お前のものは私のものヨ。いちいち了解とる必要もないアル」
言いながら、ばりばりとせんべいをかじるが、沖田はスゲー理屈と笑っただけでそれ以上なにも言わなかった。
上手い具合に踊らされた気がして、少し落ち着かなく感じるが、おくびにもださないようにポーカーフェイスを気取る。
できていたかは、不明だけれど。
倉庫のかなり上部にある、人間なんか通れない小さな小窓からは、青空が覗いている。
鳥の飛ぶ影、白い雲。は、よくみると、薄青くみえた。
互いに無言で並んで座って、お菓子を頬張って、ひとつしかない魔法瓶の蓋で、お茶を回し飲みして。妙に、落ち着いている自分がいる。
沖田はといえば、あいかわらず表情が読めない。
何時間目からいなかったのかは、ずっと寝ていた神楽はしらないけれど。
閉じこめられても、爆睡して、しかもせっかく神楽がここをあけても、なにも言ってこないで、一緒に閉じこめられて。
「……お前、本当に鍵のこと忘れてここにいたアルか?」
ふと問えば、沖田はぺろりと手についた粉をなめながら、神楽をみた。
その目は、少しだけ。本当に少しだけ驚きにか見開かれている。
「まさか」
わざと?
そう、口が動く前に、沖田はありえないくらい爽やかに笑った。
反射的に、ぞぞっと背筋が寒くなる。
「まァ、どうとろうとそりゃお前の自由だぜィ、チャイナ」
沖田が神楽のすぐわきに、手を置いて身をのりだしてきた。
優しげな笑顔という、とてつもなく嫌な感じのするオプションつきで。
「て、ちょっ、なに」
「……せんべい飛ばしすぎ」
ニヤリと笑った沖田が、神楽の頬についていたらしいせんべいのカケラをつまんでみせてきた。
しかも、そのまま口に運んでしまった。
「っ、なにする…!」
照れが先行して上手く言葉が繋がらなかった。
チクショーと、そんな思いが脳裏を巡る。
からかわれたのだ。また、いままでみたいに。
沖田はひとをからかって遊ぶのが大好きだというのに、わかっていたのに。
思うと悔しくてたまらない。
なにか意趣返しを考えても、そういう陰険なことがらに関しては、悔しいけれど沖田にかなうわけもない。
いつでも真っ向実力勝負。が、神楽の信条なのだ。
「…………」
「?」
いつものように、いまの反応をからかわれることを覚悟したけれど、思いのほか沖田は無言で神楽をみていた。
それから、自分のてのひらをみて、小窓に視線を動かす。
正直、挙動不審だ。
「あーあー、まいったねぇこりゃ」
がりがりと頭をかいて、沖田はどこからともなく携帯電話をとりだした。
最近変えた新機種だと、自慢された記憶が神楽にはある。
と、いうか。携帯があるのに。なんで。
ぐるぐるまとまらない思考に、没頭している間に沖田はきっていたらしい携帯の電源をいれ、どこかへ電話をしはじめた。
「あ、もしもし? 土方さんですかィ? なんでィ、野暮なことはいいっこなしですぜ。……ともかく俺ァいま、体育館倉庫にいるんでさァ。いやなに、不慮の事故で閉じ込められちまいましてねぇ。ちっとやばいことになりそうなんで、迎えにきてくだせぇ」
それだけ言うと、電話越しに聴こえる怒鳴り声なんて気にせず、沖田はとっとと通話をうちきった。
土方さんは頭が固くていけねぇ。とか、なんとか言いながら。
「安心しろィ。いま土方さんたちがくらァ」
「……て、お前」
ぽかんと見上げる神楽になにも答えず、沖田は菓子類をかたづけはじめる。
土方に、みつからないように。と、いうことなのだろうか。
「ま。なんだな、てめーの予想は間違いじゃねぇのかもしれねぇぜ?」
「それ」
「残念、タイムアップだねぇ」
どういうことだと、神楽が問い詰める前に、騒々しい足音が扉の前に集まってきていた。
「そぉっごぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!」
バターンと、蹴り飛ばす勢いで扉が開かれて、瞳孔が完全に開ききっている犯罪者顔の土方が飛び込んできた。
「テッメなに最初の授業からサボってんだよこのボケ! しかも堂々とひとに電話してアゴに使いやがって、今日という今日は容赦しねぇぞコラっ!!」
「まーまートシ、閉じこめられたんなら仕方ねぇだろ。な、総悟」
土方の後ろには近藤もいて、沖田のわかりやすい嘘にすら騙さされている。
「そうでさァ、言ったじゃねぇか土方。閉じこめられたんだよー。どこに耳がついてんだか」
「てっめー、なにさらりと出てってんだよ! オイまてコラ! まだ話は終わってねぇぞっ」
飄々とした足取りで出ていく沖田の後について、神楽のことには触れず、土方も近藤も出ていってしまう。
ぼんやりそれを見送っていた神楽に、沖田は振り返って言った。
「チャイナ、早くでねぇと戸がしまってまた閉じこめられちまうぜ」
「っ、いま、出ようと思ってたとこアル!」
結局、うやむやに話は流れてしまって、沖田の意図さえもわからなくなってしまった。
けれど、沖田たちの後をついていきながら、神楽はちらりと体育倉庫を見遣る。
「悪い時間では、なかったのかもしれないネ」
ほんのたまになら、ああやって隣にいるのも悪くない気がした。






END

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