何気ない日々の中、
あなたといられる幸せ。




遠い日々の夢語




「あ、起こしちゃいましたか?」
頬をくすぐる草の感触に、目を開ければ、柔らかな声が落ちてきた。
「……勇音、か?」
「はい」
かすれた声に、返る声は、間違いなく彼女のもので、檜佐木はほっと息を吐く。
「……いつからきてた?」
ここは、九番隊の敷地内の、檜佐木が昼寝をするのに、よく利用している場所で、勇音がいるということは、休憩か仕事終わりのどちらかだろうか。
約束は、していないなと再確認して見上げれば、勇音は照れたように笑って、さっきです。と、答えた。
「もう、夕方か……。サボっちまったな」
身体を起こして空をみて、赤く染まりつつある世界に、しまったなとため息をひとつこぼす。
隊長不在の中、それでも踏ん張って、隊員一丸で働いてるのに。と。
「『副隊長は、いつも我々が仕事終わった後も、お一人で残務整理をされてるので、今日くらいは我々に任せて、ゆっくりご静養なさってください』」
「──」
「九番隊の方からの、伝言です」
夕日を背ににこりと微笑まれ、やられた。と、頭をかいた。
「……勇音」
「はい」
やっと覚醒してきた頭に、内心舌打ちしながら、勇音へと手を伸ばす。
手の甲で勇音の頬に触れ、確信した。
「さっききたってのは、嘘だな」
「えっ、あの、そんなこと」
「こっち側、熱くなってる。俺に日が当たんねぇようにしてただろ」
勇音の、右頬は逆が影になってわかりにくいが、少しだけ赤くなっていた。
そして、熱い。
長時間、日光にさらされていた証だと、指摘してやれば観念したように肩を落とした。
「なんで起こさなかった?」
退屈だったろうと思った。
伝言があったとはいえ、いつ起きるかわからない人間の傍で、長時間座っているだけというのは。
「退屈じゃ、ありませんでした」
勇音は、少しだけ言いよどむような仕種をみせてから、観念したように、笑った。
「嬉しかったです」
「──」
「檜佐木くんが、起きないで眠っていてくれて、嬉しかったんです」
そう告げた勇音を、反射的に抱きこんで、華奢な肩に額を預けた。
びくりと勇音の身体が揺れて、おそるおそる。という感じで、声がかかる。
「……大丈夫、ですか?」
心配そうな声が耳をくすぐって、笑った。
勇音は間違いなく、檜佐木の本心なんて気づいてなくて、めまいでも起こしたと、思っているらしい。
「なぁ。勇音」
「はい」
遠慮がちに、背中に回されたてのひらの感触。
それがじんとした甘い痺れを、檜佐木にもたらして息を吐く。
どんな状況でも、幸せなんてものは手の届く場所に、あるものだと再確認して、言った。
「俺も、お前が好きだ」
「っっ、! 檜佐木く…っ、さっきの聞いて…っ!」
焦ったような声に、忍び笑いを漏らす。
本当は、黙っていようと思っていたのだ。
勇音の気配に気づかず、寝ていたことは失態だが(勇音だからこそ、眠っていたというのもあるが)、その言葉だけはたしかに檜佐木に届いて、深い眠りから引っ張りあげてくれた。
顔を上げれば、日の熱のせいだけではなく、真っ赤な勇音が目に入る。
不適な笑みを口元に浮かべ、檜佐木は即答した。
「あんなおいしいセリフ、聞き逃すわけにいかないだろ?」
めったに聞けない、彼女からの、言葉。
小さく、小さく。
祈りのように、呟いた。声。


――あなたが、好きです。


勇音からのそれは、どんな言葉よりも檜佐木には効く。
「照れんなよ。俺は、嬉しかったんだ」
ぷに。と、頬をつまんで言えば、いまにも泣き出しそうなほど、目が赤く潤んだ。
「一生で、何回聞けるかわからねぇしな」
茶化すように笑って言えば、勇音は更に赤くなる。
「え、あのっ、一生…っ」
「俺は、そのつもりだぜ?」
勇音は違うのかと、暗に問う。
そんなことないとは思いたいが、この慌てようはさすがにショックだ。
それを悟ったのか、勇音はぶるりと首を振った。
「……ずっと、一緒に。いたいって思ってます」
檜佐木くんがいいって言ってくれるなら。
か細い声が聞こえてきて、笑う。
そういうところに、最後はいつも負けてしまう。
白旗降参抱きしめて、甘やかして。幸せな気持ちに浸るのだ。
「勇音」
「はい」
耳の裏まで真っ赤になった彼女は、檜佐木をみないで答えた。
いじめすぎもよくないと、檜佐木は告げる。
「時間あるなら、飯でも食いにいこうぜ?」
こんな風に、毎日を積み重ねていけるなら、それでいい。 笑って、言葉をかわして、好きだと告げて。同じ気持ちが返ってくるなら、これ以上の幸せはないだろう。
願わくば、これがずっとずっと続くようにと。






END

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