前を向く、足を動かす。
ただ、それだけだ──。




ジークフリート




藍染が起こした事件の、翌日。
「よぉ、調子はどうだ?」
ノックと同時に、ルキアの病室の扉が開く。
横になり、天井をみつめていたルキアは、じろりと視線だけを向けた。
「……入室許可を出す前に、入るとはなにごとだ。バカモノ」
「固いこと言うなよ。別に問題ねぇだろ」
あっさりと一護は告げ、ベッドの傍らにある、椅子に腰かけた。
「で、なんの用だ。一体。今朝もきたばかりではないか」
「っ、るせぇな。いいだろどーせ、オマエも暇してんだからよ」
「というよりも、昨日あれだけの怪我を負った人間の、行動じゃないのは確かだが」
あまりにも、アクティブに動き過ぎる一護に、さすがに呆れてしまう。
「ここの連中に、2日は大人しくしてろって言われてるからな。修行はじめないだけマシじゃねぇか」
「昨日の貴様のやられっぷりだと、2日でも短いくらいだがな」
「っ、うるせぇよ」
そう、本当に。
もうダメだと、ルキアはどこかで思ってしまった。
昨日、藍染に斬りつけられた一護をみて、これ以上ないほどに、絶望した。
なぜ、いま自分に戦う力がないのだと。
なぜ、自分は守られているのだと。
「……悪かったな」
突然の言葉に、ルキアは一護をみた。
それはルキア自身が、言わねばならない言葉だと。
「カッコつけて助けにきたとか言っといて、結局助けたのは俺じゃなかった」
「一護」
「俺は、まだまだ弱い。藍染に傷ひとつつけられなかった」
悔恨にか、一護の瞳が昏く沈む。
「……一護」
そっと、ルキアは一護に手を伸ばす。
なにを考えているのか、普段からきつくよせられた眉間のしわは、常よりも深く刻まれている。
伸ばした手を一度強く握って、ルキアは思い切りそれを振り下ろした。
「ってぇな、なにしやがる!」
「たわけが! いつ私が、助けてくれと頼んだ。負けて落ち込むのは貴様の勝手だが、私そのを理由にするな」
腕を組み、不遜に言い放てば、一護は恨めしそうにルキアをみる。
「たしかに、尸魂界は甚大な被害を受けた。死者も出た。だが、貴様も私も生きている。これでなにもかもが終わってわけではない。違うか?」
きらりと、一護の瞳に光が宿る。
それは、常に一護の中にあるものだ。
その光の強さに、ルキアはこれまで救われたし、彼を信じるきっかけにもなった。
「打たれても斬られても、何度でも立ち上がるタフさだけが売りだろう。なら、振り返るな。それはいま貴様がすべきことではないだろう」
「……ッテメ。ほめてんのかけなしてんのか、どっちかにしやがれ」
こめかみをぴくぴくと震わせて、睨んでくる一護に、ルキアが返すのは不敵な笑みだ。
「それでいい。しおらしく謝る貴様など気持ち悪くてみていらぬわ」
「……っ、そこまでいうか」
開け放していた窓から、風が入って部屋を巡る。
くるりと一周して、また外へ。
「一護」
青い色が広がる空、見上げてルキアは問う。
「恐怖は、あるか?」
圧倒的な実力差。
満身創痍だったとはいえ、恋次との共同戦線の中ですら、赤子のようにひねられた。
「ねぇよ」
気持ちいいくらいの即答に、口元が綻ぶ。
「そうか、ならいいさ」
そうだ。まだ、負けてはいない。終わってもいない。
はじまっただけだ。






END

inserted by FC2 system