触れて、その心で。
そうしたら、あなたの優しさがみんなに伝わるから。




似たもの同士




「井上、さん?」
日付も変わろうかという時間、深夜。
石田は自分の目を疑った。
空座高校の校門前、忘れ物をとりにいった帰りに、自分以外の、人影。
「あれー、石田くんだ。どうしたの?」
かっちりと、制服を着込んでいるのがなんとも自分たちらしいと内心思いつつ、織姫にまったく同じ質問を返した。
「僕は、忘れ物を取りにきたんだけだけど。まさか、井上さんも?」
「ううん、違うの。あたし寝ぼけて遅刻したんだって思って、慌ててきたら夜だったの」
「…………そ、それは。ご苦労さま」
予想の範疇を超えた答えに、石田は苦い笑みをむけることしかできなかった。
いろいろな意味で、期待を裏切らないひとだと思う。
「でも石田くんが忘れものって、なんか意外だね」
「そうかい?」
きみの理由の突拍子のなさには、負けるけどね。
口から出かかった皮肉をどうにか飲み込んで、石田はあいまいに笑った。
「忘れ物ってなんだったの?」
「え、ああ」
石田は制服のポケットを探ってみせた。
「ソーイングセット!」
「うん。使ったまま、教室に忘れてたんだ。月曜になるまで待つなら。と、思ってね」
「そっかそっかそっかぁ。石田くんとこのソーイングセットは、一心同体ってことだね」
パンと手を合わせて言う織姫に、石田はハハハと、視線を空に投げた。
「そこまで大袈裟なものでもないけどね。ちょっと気になったら、放っておけないタチというか」
「うん、わかる。わかるよー。あたしも、前の日に買ったパンとかお昼に持っていっても腐らないかなぁ。とか、ビデオに撮ってた笑点、ちゃんと映ってるかなぁ。とか、気になるんだよね。なんか似たもの同士だね、あたしたち」
いや、違うよ。違う違う。
それとこれとはまったく違う世界の話だよ。
突っ込みかけて踏みとどまった。
「ところで井上さん、学校に用がないんなら帰るよね。もう暗いし、最近じゃこのあたりも物騒だから、送っていくよ」
「ありがとう。でも、悪いよ」
「とりあえず、いこうか」
そう言って、石田は織姫の家の方向へ向かった。
織姫も、少しだけ考えるような仕種をみせて、石田の隣にならぶ。
「あはは、ごめんね。石田くん」
「別に、たいしたことはしてないよ」
「ううん、そんなことないよ。ありがとう」
にこりと、本心からの笑みをみせる織姫から、石田は視線をそらす。
「井上さんは」
「ん?」
「僕と似たもの同士ってさっき言ったけど。僕らは全然似てないよ」
「石田くん?」
「僕はきみみたいに、他人と接したりできないからね」
なんだかおかしな会話になってるような気がしながら、織姫と話をすると、いつも調子が狂うことを理解しているから、こんな日もあるだろうと自分を納得させる。
織姫は、気を悪くしたかもしれない。
そんなことをぼんやりと思っていた。
「そーかなぁ?」
「え」
「あたしと石田くんて、そんなに違うかなぁ」
あっけらかんと織姫は言って、にこりと笑った。
「あ、そりゃもちろん。全部そうだなんて言わないよっ。でも。あたしも石田くんも、目は二つで鼻はひとつで、口もひとつで。手も足も二本あって。ね、ほら」
「……そんなこと言ったら、世の中の人間のほとんどと似てることになっちゃうけど」
それはさすがに、いやだと真剣に眉をよせた。
「うん。それもそうだね」
なのに織姫は、にこにこ笑って頷いて。
そっと石田に手を伸ばした。






END

inserted by FC2 system