忘れてはいけない想いがある。
失くしてはならない、誓いがある。




風の約束




織姫は、先に精霊廷に戻っていった。
お腹がすいたとか、なんとか言って。
唖然とする一護とルキアを置いて、走っていってしまった。
「鼻血とまったか?」
「……うむ」
草原をならんで歩く。
町の中を通れば、少しは早く精霊廷につくのだろうが、なんとなくふたりともそうしようとはしなかった。
「空鶴さんも容赦ねぇからな」
がりがりと頭をかいて、言えばルキアはどこか遠い目をした。
なにを思ってるのか、みているのか、視線をたどったところでわかるはずもない。
「いや。いいんだ。このくらいしてもらった方が、逆にいい」
どこかほっとした声音に、じーっと胡乱な目つきでみてやれば、ルキアはむっとした視線を返してきた。
「なっ、なんだその目は!」
「オマエ、そういう趣味が」
あるのか。まで言う前に、むこうずねを蹴られた。
「イッテーなっ、なにすんだ…!」
「うるさいっ、貴様いま妙なことを言おうとしただろ」
ギッと睨まれ、両手を挙げて降参のポーズをとる。
こんなやりとりも、思えば久しぶりだ。
「そういや、十三番隊の副隊長はオレに似てたんだろ? どんなヤツだったんだ」
問えば、またルキアをまとう雰囲気が変わった。
それは、一護のしらないルキアの姿で。
なんとなく、面白くはなかった。
「貴様と海燕殿は、たしかに似ている部分もあるがな」
吐息とともに呟いた声は、風に乗ってかすかに一護の耳に届く。
その言葉を、ひとつだって聞き漏らさないようにと集中すれば、ルキアはぽつりと語りだした。
「根本的にはまったく違うぞ。貴様なぞ、海燕殿のつま先にも届かぬ」
「そーかよ。べっつにそいつになりかわりてぇわけじゃないからいいけどなー」
可愛げのない言葉に、耳に指をつっこんで言ってやる。
多分この先の展開はわかってる。
喧々囂々、売り言葉に買い言葉でいつもの自分たちのペースだ。
そう、思ったのに。
「ああ、貴様はそれでいい」
穏やかな声で、表情で、ルキアは言う。
意外だとばかりに見下ろせば、一変して不機嫌そうに眉がよった。
「…………」
「なんだその呆けた顔は」
「イヤ。オマエのことだから『海燕殿の爪のあかでも煎じろ』とか言うんじゃねぇかと」
「……聞くが、いまのは私の物真似のつもりか?」
「や、まぁ。物真似っつーか」
そっちかよ。と、突っ込む気さえも失せる。
少しズレたところも相変わらずだ。
「――正直に言うと、海燕殿のことは、私はいまでもふんぎりがつかぬ。それくらい、私にとってはなくてはならない人だった。肉体的な強さだけではない。内面も、強く。上司として、一人の死神として、人として、尊敬し信頼できるひとだった」
遠く、山へと向かう鳥の影をみつめ、ルキアは言う。
そうなんだろう。
人伝に聞かされた、ルキアの生い立ち、過去。
そんなにもいい経験ではなかったはずだ。
自分には、想像するしかできないが。
そんな中、変わらず、特別扱いもせず、一人の部下としてルキアに接していたらしい、海燕という男。
「そうか。それはそれでいいんじゃねぇの。別に。忘れなきゃならないわけでもねーだろ」
敢えて、なんてことないように言ってやる。
深刻ぶる必要性がないように。
それでいいと思うから。
名前と、自分に似ているらしいということしかしらない、ルキアの上官。
彼の教えがあったから、自分はきっとここまでこれた。
ルキアは、禁忌をおかしても自分の家族を守ろうとしてくれたのだろう。
根付いていくのだ、そうやって、教えは。
その男がそこにいたという証として。
思いは、信念は、伝えられて残っていくのだ。
「約束しようぜ。ルキア」
「なにをだ」
「あきらめねぇってことをだ。生きることを、最後まで、どんな状況でもな」
なにを言ってるのだ、莫迦者。
そんな罵倒が飛ぶかと思ったが、ルキアは生真面目に考えこんでいる。
けれど、これは切実な思いだ。
助けにきてやって、死にたいと願われることがどれだけ馬鹿みたいか、気づけばいい。
「わかった」
数秒後、どこかさっぱりした声が返した。
とん、と胸を小突かれてみれば、夕暮れに染まるルキアがにやりと笑った。
「私がいなくなると寂しいというのなら、児戯めいた約束ごとにも乗ってやろうではないか」
「……っテメ」
「一護」
「あ?」
不意に硬くなった声音に、振りあげた拳をおろす。
「貴様は、長生きしろよ。せっかくの命だからな。無駄にするな」
真剣な声に、黙る。
そうだ。
つい忘れがちになっているが、ルキアと自分は所詮、こっち側とあっち側の存在だ。
けしてまじわることなく、背中合わせの。
「天寿をまっとうする以外で、死のうものなら蹴りだしてやるから覚悟しておけ」
素直じゃねぇ。
思って笑えば睨まれた。
けれど、悪い気分ではない。
「ああ、約束してやるよ」
一陣、風が足元を通り抜けた。
自分たちは、己の無力で、大切なものを喪った。その痛みをしっている。
だからこそ、この約束の重みもしっている。
明日は晴れるかな。
そんな気安さで、あたりまえのように誓ってやる。
そういうスタンスが、自分たちにはちょうどいい。






END

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