一緒にいられるこのときが、
たまらなく、しあわせ。




茜空




久々の非番が重なったので、雛森と日番谷は久々にふたりででかけていた。
その、帰り道。
もう日も傾きかけた道で、雛森はきゅっと日番谷の着物をつかんだ。
「どうした、雛森?」
「…………」
引っ張られる感じに、呼べば彼女は寂しげに目を伏せて、押し黙る。
「ん、なんでも。ない」
どこがだ。
言いかけて、どうにか押し込む。
どうせ正攻法で攻めたって、正直に言うわけもない。
「ね、日番谷くん。空があかいね」
探るような日番谷の視線を避けるように空をみて、告げた。
そう思っているのは事実だろうが、本心でもないのはよくわかる。
伊達に何年も傍にいないのだ。
「影は長いし、カラスは山に帰ってくし。それから、それからー」
「で。結局なにが言いてえんだよ、お前は」
焦れたように言えば、へにゃと雛森の眉が下がる。
困ったような、でもどこか嬉しそうな。
「えと、やっぱもう、帰らなきゃだめ…かな?」
首をかしげると、雛森の今日は布覆いがされていない、ゆるく結い上げられた髪が揺れた。
くいとひかれる着物が、妙な甘さをたたえている気がする。
ため息をこぼして、日番谷は雛森をじっとみつめる。
なんてことはない。要は、ただ単に。
「まだ帰りたくねえなら、素直にそう言え」
言って、瀞霊廷にむかいかけていた足をくるりと反転させて、歩き出す。
別に日番谷だって、早く帰りたいわけではないのだ。
ただ明日は、雛森が早く起きなければならないから、早めに戻ろうと思っていただけだし。
「そういえば今日は満月だったな。どうせもう日も暮れるし、晩飯食って月見も悪かねえだろ」
着物をつかんでいた雛森の手をはがし、自分の手でつかまえて言えば、ぱぁっと顔が輝く。
わかりやすいことこの上ないが、同時に、嬉しくもある。 しかし日番谷は、念を押すことも忘れない。
「その代わり、明日寝坊しても俺のせいじゃないぜ」
「わかってるよー」
いつもはふくれて拗ねるのに、笑って答える雛森は相当嬉しいらしい。
さて、なにを食べにいくかと考えながら、日番谷は空を見上げた。
真っ赤な空は、だんだんと夜に侵蝕されつつあるようで、裾から深く暗い色がその勢力を増していく。
「雛森」
呼べば、楽しげに自分をみてくる彼女に笑みをむけ、言った。
「なんか食いたいもん、あるか?」
ただ一緒にいる時間を引き延ばしたかっただけらしい彼女の答えは、困ったような笑顔ひとつだった。






END

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