とても、とても、似ている気がしてます。
あなたに。
わたしの、大好きな、あなたに。




ユキアソビ




「あ。雪」
髪をひとつに束ねた、上掛けを一枚羽織っただけの、寝巻き姿で雛森は呟く。
寒いと思って部屋の障子戸を開ければ、庭一面に雪が降り積もっていて、口元をほころばせた。
真っ白というよりも、薄いグレーの世界。
朝日を反射しきらきらと輝く雪は眩しくて、直視できずに目をすがめる。
草履をはいて庭に下りれば、さく。と、足跡がつく。
新雪につける足跡は、楽しい。
はしゃぐ心をどうにか静めようと、浅く呼吸を繰り返し笑う。
今日はタイミングのいいことに、非番だった。
「えっと、まずは髪を結って着替えて、朝ごはんを食べて、それから雪だるま作って、かまくらもいいよねぇ。えとえとそれから……。あ、そうだ。やちるちゃん暇かなぁ」
暇なら一緒に遊べるのになぁ。
指を折って今日の予定を思案していると、頭上から雪がどさっと降ってくる。
「もーお、濡れちゃうからやめてよ、日番谷くん」
頭の上に積もった雪を手で払って、雛森は屋根の上を睨む。
「やめてよ。じゃねえよこのバカ。んな薄着でちょろちょろしてんな」
屋根の上に座り、雛森にちょっかいをかけてきたのは日番谷で、自分はしっかり襟巻きをぐるぐる巻いて防寒対策ばっちりだった。
ちなみに雛森の上に降ってきた雪は、屋根に積もっていたものを彼がひとすくい落としたもののようで、屋根の端の雪が一部欠けている。
「今日お仕事は?」
「夜勤で、さっき終わったとこだ」
休みじゃなかったはずだと思って聞けば、しれっとした答えが返ってきて、眉をよせる。
「なら、早く部屋に戻って休まなきゃダメじゃない」
ついいつものくせで、お姉さん然として言えば、それはもうわざとらしいため息が聞こえた。
同時に、焦れたように日番谷が屋根から下りてくる。
それはそれは、不機嫌そうな顔をして。
「俺も早く寝てえのはヤマヤマなんだけどな。どっかの馬鹿が考えなしにはしゃいで風邪ひくのが目にみえてわかるから、こうしてきたんだろうが」
「…………」
本当のことなので、なにも言えない。
けれど、ごまかすように笑ってみた。
「もう、年中行事ってことで」
「すんな。……とりあえず、もう少しなんか着込んでこい」
「はぁい」
怒ったような声に、すごすごと廊下へとあがる。
けれど、ふと思い至って立ち止まると、しゃがみこんで雪をひとすくい、てのひらに乗せた。
冷たい感覚。
けれど、指先は熱くなる。
冷たいのに、あついなんて不思議だと思う。
さらさらの雪は、てのひらに優しくて、肌とふれた場所から融けていく。
手首を伝い、ひじへと流れてくる水滴に、笑った。
「おい」
怒ったような声が耳に届いた。
けれど、本当は心配してくれてるのをしってるから、口元がどうしても笑ってしまう。
怖いと、言われているけれど、冷たいと言われているけれど。
誰よりも情に厚い、優しいひとだとしっている。
彼は雪のようだ。
扱う斬魂刀の、属性が。じゃなくて、その存在が。
「――」
そっと、てのひらの中の雪に、口づけを落とした。
その箇所がとけて、口唇が濡れる。
けれど、どこか満足気に笑って、雛森は雪をぱらぱらと庭に落とした。
「あはは、やっぱり冷た――っ」
雪で冷えた口唇に、温もりが触れる。
押しつけるようでもあり、優しく触れているようでもあって、なぞるように上唇を撫ぜて、それは離れた。
「……………っ、日番谷くん、の」
うまく口が回らなくて、憎らしくもべーと舌を出している日番谷を睨む。
自分は心臓がばくばくしているし、思考もまとまらないし、顔も熱くてどうしようもないのに、なにもなかったかのような素振りが腹立たしい。
ぎゅっと日番谷の襟巻きを、つかんで言葉を探す。
けれど、雛森がなにか言う前に日番谷が口を開いた。
「それ以上よけいな口きくなら、もっとすげーことするぜ」
「!」
その後の、雛森の動きは早かった。
ぱっと日番谷から離れ、部屋へ飛び込んで、すぱんと閉じられた障子戸の向こうから、どたんばたんと音が響いてくる。
それを聞きながら、日番谷がくつくつと笑いをかみ殺しているのを、雛森は気がついているのかいないのか。
「雛森ぃー」
呼べば、きゃあとかがたんとかという音とともに、雛森が顔をだした。
慌てているせいか、死覇装で、髪は結わないままおろした状態で。
「雪だるま作るくらいなら、つきあってやってもいいぜ」
言うと、雛森はむっとしたような顔をして、ぴっと人さし指をつきたてた。
「日番谷くんは、まず寝るの!」
夜勤明けなんだから。
そう言う雛森に笑って、曖昧に頷く。
「なら、昼すぎにな」
そういうと、嬉しそうに雛森は笑った。
一度部屋に戻るべく、踵を返して日番谷はたちどまる。
「そういやお前、なんだって毎年毎年雪ではしゃいでんだ?」
突然の問いに雛森は面食らった顔をする。
けれど、すぐに楽しそうな笑顔になった。
「雪はね、日番谷くんに似てるから」
だから、大好きだし嬉しいの。
言い終わる前に、日番谷は姿を消した。
「もう、しかたないなぁ」
けれど、雛森は見逃さなかった。
一瞬、日番谷の表情が変わったのを。
それは、雛森だけがしる表情で。
「うん、やっぱり」
そっと雪をてのひらですくって、風に流す。
さらさらの雪は、再び庭のそれと同化してわからなくなった。
「まずは朝ごはんからね」
呟いて、髪を結ってから雛森は部屋を飛び出した。
雪で楽しむのは、日番谷がきてからのほうがいいから。
軽い足音は、軽快に食堂を目指していった。






      END

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