変わっていないつもりでも。
日々を乗り越えていくたびに、変わっているよ。




かわりゆく、世界に




「雛森さん」
呼ばれて振り返った。
頬が緩んで笑う。
「阿散井くん、吉良くん」
一度来た通路を戻って、ふたりのところまで小走りによった。
仕事中なのか、吉良は書類をかかえている。
「仕事中にあうのって、なんか久しぶりだね」
そう言って笑うと、吉良がぱさーっと盛大に書類をまきちらした。
「わっ、吉良くんどうしたのっ。大丈夫っ?」
慌てて雛森は、吉良がまき散らした書類の回収をはじめる。
恋次はといえば、がすがすと吉良の腰を蹴りつけているけれど、いつものスキンシップだと思って気にしない。
窓が開いてなくてよかったと思う。
今日は風の強い日だから、なくなってしまったかもしれない。
「はい、吉良くん。これで枚数足りるかな」
恋次に、関節をきめられていた吉良は、真っ赤な顔のまま書類をどうにか受け取った。
けれど、恋次の腕に力がこめられ、キブギブギブギブっと声を荒げた。
息が苦しいのか、顔が真っ赤になっている。
「阿散井くんも、廊下で暴れちゃダメよ。他の隊員さん通るのの邪魔になってるよ」
開放された吉良が、壁にもたれて座り込む。
ほっとしたように息を吐き出し、胸をなでおろした。
「吉良くん大丈夫?」
しゃがみこんで吉良の顔を覗きこむ。
腕に抱えられていた書類は、すこし乱雑になっているし、疲れているのか様子もおかしかった。
「雛森、吉良なら大丈夫だからそんな心配すんなって」
ぽんと背中を叩かれて、でも。と、言葉をにごす。
「吉良くん真面目だから、無理してるのかもしれないし」
言うと恋次は大袈裟なくらい肩をすくめて、首を振った。
「違ぇよ雛森、コイツは真面目って言うよりも、不純ってんだ」
「ひどいや阿散井くん」
とほほと肩を落として吉良は呟く。
それに、悪いと思いつつ雛森も笑う。
懐かしい空気に、不意に胸がつまってしまって、ふと窓の外をみつめた。
「どうした?」
雛森の視線を追ったらしい恋次が、心配そうな顔をした。 たちあがった吉良も、気遣わしげに雛森をみる。
「ううん。ふたりとね、こうやって話してると統学院時代思い出すなぁって」
瀞霊廷の長い板張りの廊下は、なんだかあの日を髣髴とさせる。
窓からみえる景色は、大分違ってしまっているけれど。
「あの日から、少しは成長できてるかな」
「そりゃ、俺ら全員副隊長にまでなったからな。成長してるだろ」
「そうだね」
「成長云々の前に、まずは仕事をしろ」
吉良の言葉にかぶって、投げられた言葉に三人が顔を見合わせた。
そして同時に首を振る。
全員が、いまの発言は自分じゃないというように。
「吉良、その書類がこねえと仕事が進まねえんだがな」
低く通る声に、雛森は視線を下げて声の主をみた。
「日番谷くんっ」
見慣れた姿に声を上げれば、恋次と吉良がびくりと身を固まらせたのがわかった。
「どうしたの?」
わざわざ書類を取りにきたのかと思えば、そういうわけでもないらしい。
遅い昼休憩の帰りだと、日番谷は言って吉良の鼻先に一枚の紙をつきだした。
それは、さきほど雛森が吉良に拾って渡した書類の一枚で、どうやら拾い損ねていたらしい。
「あ、ありがとうございますっ」
慌てたように吉良はその紙を受け取って、紙束の中へといれる。
「悪ィが、そいつは俺の机の上に上げといてくれ」
「はいっ、わかりました」
そう言うとぺこりと頭を下げ、吉良は恋次と雛森にまた今度と言い置いて、十番隊隊舎へとむかって足を速めた。
「……あー、じゃあ。俺もそろそろ仕事戻るわ。じゃな雛森」
「うんっ、今度みんなでご飯でも食べにいこうね」
日番谷に一礼した後で手を上げて離れていく恋次に、そう声をかければ了解と示すように片手を挙げてくれた。
「お前も、仕事に戻った方がいいんじゃないのか?」
「残念でした。あたしの仕事は、もうほとんど終わってるんだ」
後は、見張りで詰めている五番隊隊士の報告を聞いて、終了だ。
そう言えば、日番谷は興味なさそうな顔で相槌をうつ。
「ねぇね、日番谷くん」
「なんだ」
「あたしたち、少しは変わったかな」
先ほど、恋次や吉良にした問いかけとは、微妙に変わったニュアンスで聞いてみた。
「どうだろうな。俺は、なにひとつ変わった気はしてねえけどな」
「……隊長さんなのに?」
言えば、ため息が返ってくる。
別にあきれたわけではなく、わかってるのに聞いてんじゃねえと、目線で訴えられた。
けれど仕方ねえなと、彼は説明をしてくれる気になったようで。
その不器用な優しさに、笑みをこぼせば睨まれてしまった。
相変わらず素直じゃない。
「隊長だなんだっつっても、変わったのは立場だろ。俺がじゃねえよ」
「ふふ」
気恥ずかしげに言われた言葉に、こらえきれず笑みがもれればまた睨まれる。
「本当はね、日番谷くんが気がついてないだけでちゃんと変わってる部分はあると思うよ」
そう言って、窓の下を指さしてやる。
雛森の言いたいことがわかっているのだろう、日番谷は眉をよせてその指が示す方をみた。
ちょっとだけ、いやそうに。
「たーいーちょー、なにサボってんスかぁー」
「暇なら俺らの修行付き合ってくださいよー。雛森副隊長といちゃいちゃしたいのはわかりますけどもー」
窓を突き抜けてそんな声が届く。
さすがにちょっと雛森も照れて、頬が熱を持つ。
「るっせえぞテメーらっ! 俺はいま昼だったんだっつーの、ぐだくだくだらねえこと言ってねえで仕事しやがれっ!」
がらりと窓を開け放ち、むかい風もかまわずに日番谷が声を荒げる。
けれどそんなのには慣れているらしい、十番隊隊士たちはえーケチーとか言いながら、その場を後にした。
暇なときには修行みてくださいねー。と、言いながら。
「ったく」
なにか文句を言いながら、窓を閉める日番谷は、きまり悪げに雛森をみた。
照れてるらしい日番谷が、もう戻ると告げて歩きはじめる。
方向が一緒だから、雛森もそのとなりに続いた。
「ね。ちゃんと変わってる部分もあるじゃない」
「るせえ」
そう言って歩くその姿だって、頼もしく成長していることは、悔しいから教えてあげないと、密かに雛森は思っていた。






END

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