なにげない、そんな毎日がとっても大切。
ひとつひとつ、こぼれ落ちていかないように、抱きしめていられたらいいのに。って、思うよ。




今日のはじまり




「シーローちゃぁぁん。起きて起きて起きてー」
分厚い布団を取り払って言われ、冬獅郎はむっとした顔をする。
寒い。とにかく寒い。
なのに、それをした少女は満面の笑みで、自分を見下ろしていた。
「……桃、テメーなにしやがる」
押し殺した顔で言うが、桃にひるんだ様子はなくて、むしろ堂々としている。
「なにって、もう何時だと思ってるのよ。いつまでも寝てたらご飯下げちゃうわよ」
「……そういうお前だっていま起きたばっかだろ。髪ぼっさぼさだぞ」
「あたしはいいの」
そう言って、桃は自分の布団を片付けはじめる。
冬獅郎はしばらくその様子を眺めていたが、そのうちあきらめて自分も布団を片付けはじめた。



***



「というわけで、はいっシロちゃん」
「あ?」
朝ご飯を食べ終え、自分たちの保護者的存在である老婆が、洗濯物を持って出かけるのを見送るなり、桃は満面の笑みで冬獅郎にゴム紐と櫛を差し出した。
「…………なんだ、これ」
この先の展開はほとんどわかりきっていたけれど、聞かずにいられなくて言えば、桃はきょとりと首をかしげて、言った。
「シロちゃんいつもみてるじゃない。これは――」
「名称を聞いてんじゃねえよ。なんのつもりだって聞いてんだ」
ばか桃。
言えば、馬鹿じゃないわよと文句が返ってきた。
「あのね、シロちゃん」
にこにこと、邪気のない笑顔が心底憎らしい。
逆らえないからだ。
突っぱねたって、逃げたって、冬獅郎が桃の望みを受け入れなかったことはない。
「髪の毛、結って?」
「…………」
疑問系で聞かれたって、決定事項なんだろが。
言いたいのをこらえて、こらえて。
冬獅郎は無言で桃の手の中の、薄紅色のゴム紐と櫛を取った。
「縁側、いくぞ」
髪が散らばるからと、ふたりで縁側に移動した。
桃は足を投げ出して座って、冬獅郎はその後ろで膝だちして、桃の髪をすいていく。
「お前、一応女なんだからよ、自分でこれくらいやれよ」
「一応ってなによー。いいじゃない。シロちゃん器用だから上手なんだもん」
「もんじゃねえよ、もんじゃ。それでおだててるつもりなら、嬉しくねえんだよばーか」
さらさらと、桃の髪が風で揺れる。
真っ黒の髪は日の光を反射して、少しまぶしい。
ぱっぱと分け目をつけて、片側をゴム紐でくくってしまう。このあたりの手つきは、慣れたもので早い。
後は、もう片方をきちんと結わえて、くくっておいたもう片方も高さをあわせて結うだけだ。
「シロちゃん、くすぐったいよ」
首筋にこぼれた髪を、すくいあげれば桃が身動ぐ。
「あ、馬鹿。動くなよ」
「だって」
「だってじゃねえよ。いつまでも終わらねえだろ」
「もー、口悪いんだから。そんなじゃ、好きな女の子できたって嫌われちゃうよ」
意趣返しのつもりか、楽しげに言われた。
「そんなもん、いねえし興味ねえよ。大体お前だって自分の髪ひとつ結わえねえんじゃ、どうしようもねえな、馬・鹿・桃」
馬鹿桃を強調して言って、ぱっと髪から手を離す。
段違いになることなく、しっかり結わえた髪がぴょこりと跳ねた。
「もーお、バカバカって言わないでよっ、シロちゃんのばかー」
裸足のまま外へと飛び出して、あかんべーをする冬獅郎に、腕を振りあげて桃は怒鳴ると、そのまま草履をはいて追いかけてきた。
「馬鹿だから馬鹿っつってんだよバーカ」
「バカって言うほうがバカなんですーだ」
家の戸の前に置いてあった、自分の身の丈ほどもあるかごをとって、冬獅郎は桃を待てば、ほどなく桃が追いついてきた。
「あ」
かごの存在に気づいた桃が、間抜けな声をあげる。
一瞬で怒りはひっこんだらしい。
「今日は、食いもん探しにいくっつってたろ。もたもたすんな」
言ってすたすた歩き出せば、素直に桃もついてくる。
けれど寄った眉をみるあたり、納得は言っていないらしい。
あたしの方が先に起きたのに。とか、ひとりで呟いて怒っている。
けれど。
「うん、じゃあシロちゃん、どっちがたくさん集められるかで、勝負ね」
ぱんと音をたてて、桃がてのひらをあわせて言った。
「……なんのだよ」
いやそうに見上げれば、いつものあの笑顔が冬獅郎を見下ろす。
「あたしが、シロちゃんのこと許すか許さないか」
「は?」
ついていけずにそういうが、さも名案と思っている彼女は気づかない。
そもそもそんな提案してきている時点で、ほとんど怒ってないだろうに。
「…………まぁ、いいか」
ぽつりと呟いて苦笑をもらす。
なにを言ったって、最終的に桃の思うままだ。
いつだってこんな毎日をすごして、これからもすごしていくのだから。
「どーせ、俺が勝つしな」
にやりと笑んで呟けば、どうしたのと不思議そうな問い。
それには答えずに、歩く。
にぎやかな一日の、はじまりだ。






END

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