この月になんて誓わない。
誓うのは、自分自身の心にだけだ。
なあ、お前もそうだろう――?




よるべなき月夜の




「あー。今日もつっかれたなー」
背に身の丈ほどの斬魂刀を戻し、一護はやれやれと首を倒した。
するとコキといい音が響いて、ちょっとうんざりする。
廃ビルの屋上は、耳が痛くなるほど静かだった。
さっきまでは虚が暴れまわり、それはそれは騒がしかったのだけれど。
少しひたっていたら、ビルのへりに危なげなく座るルキアが、うむと唸った。
「……確かに、ここ最近の虚の出現数は少し異常だな。無理はするな」
いつもなら叱責が飛ぶの口から出た予想外の言葉に、一護もへの字口のままそのとなりにしゃがみこんだ。
「めっずらしいこと言うじゃねぇか。普段のお前なら『なにを甘えたことを言っておる。貴様が一度やると決めたことだろう』とかなんとか言ってるのにな」
目尻を指で押し上げ、裏声を使って言えば、ルキアは胡乱なものでもみるように、一護をみた。
「……なんだ貴様、それは私の物真似かなにかか?」
あまりにも引いた気配に、さすがに恥ずかしくなって一護は咳払いをひとつこぼす。
うるせぇなァとやつあたりのようなことを口にして、どかっとルキアのとなりに座った。
「別にンなに疲れてもねぇんだよ。ホントは。ちょっと言ってみただけで」
ひらひらと手を振れば、ルキアはきょとりとした目を向けてきた。
なんかもう自分がどうしたいのかもわからなくて、ちょっといやになってきた一護は、気にすんなと言って、そのまま寝そべった。
「……なぁ、ルキア。お前の調子はどうなんだよ」
見上げれば、複雑そうにルキアの眉がよった。
細く小さなてのひらをじっとみつめ、低い声でまだだ。と、言った。
「そうか」
息を吐きだしながら、一護は頷く。
喜んでいるのか、がったりしたのか。
正直一護の内部は複雑だった。
死神代行になって、二ヶ月と少し。
まだ自分は、母の仇を討ち終えていない。
あの、胸クソ悪い虚を、倒せていない。
それが理由なのだろうか。と、どこかで問う声がする。
「一護、疲れているのなら帰って寝たほうがいいのではないか?」
揺れている瞳の中に、気遣わしげな色をみつけて、腹の中がむずむずとした。
ぼりぼりと頭をかいて、けれど身を起こそうとはしない一護に、それ以上ルキアは言葉を重ねてくることはしない。
この、距離感は心地いい。
干渉せず、干渉されない。
悪く言えば放置だし、よく言えば放任。
だからといって無関心なわけでもない。
それが、いまの自分たちの関係だと思っている。
「だから平気だっつの。んなヤワじゃねぇよ。お前が疲れて早く休みてぇってんなら、帰ってやってもいいけどな」
「失礼なっ!」
にやりと笑って言えば、ルキアは眉をつり上げた。
「そんなことはないぞ。霊力はほとんどないが死神だからな、この程度のことで疲れるわけがないだろうっ」
早口でまくしたてるが、それは虚勢だと一護は気がついている。
奇妙な同居がはじまって、ずっと行動をともにして。
ルキアは一度だって、一護に弱音を吐いたことはない。
帰りたいと告げたり、不安だと嘆いたり、することもないのだ。
「……そー、だな」
弱音くらい、たまに吐けばいいのにと、思うときがある。
泣いてわめいて、わけのわからないこの状態が不安だと、こどものように駄々をこねればいいのに。と。
でも、彼女はそれをしない。
男勝りで負けず嫌いな性格も、ちゃんと理解はしているからそういうものなんだろうと思いつつも、たまには頼れよと、思うのだ。
年上なのもわかるが、自分はオトコなわけで。
「……………………あークソ」
がばりと起き上がれば、驚いたようにルキアの目が丸くなる。
それを直視できずに夜空を見上げれば、中途半端な太さの月がぽかりと浮かんでいた。
まるで、自分たちの関係を象徴しているようで苦く思いながら、一護はルキアに手を差し出す。
「帰っぞ。なんか眠くなってきやがった」
ここから帰るには、ルキアを背負っていかなければならない。
しばらく黙って一護をみつめていたルキアは、やがてため息をこぼしてその手をとった。
「まだまだ餓鬼だな」
「るせぇ」
頼ってほしいと思う前に、まずは頼れるようになろうと思った、
それで、ルキアがなにを言おうと問答無用で守れるようになってやる。
月明かりに照らされた、町を駆けながら、一護はひそかに決意する。
自分勝手でいいし、許可も要らない。
ずっと続くはずのない関係だろうと、いつかいなくなってしまうことを理解していたとしても、となりで戦い続ける以上はそうであろうと思うから。
「一護、よい月だな」
「……そーか?」
「ああ、こんな綺麗な月は、めったにみることなどできないだろうな」
それは、故郷を思って告げているのだろうか。
思うけれど、聞けないし、聞かない。
甘い関係を望むんじゃない。
ただ、対等でいたいだけなのだから。
「そうか、そりゃよかったな」
静かに告げて一護は家へとむかう。
ほんの少しだけ、走る速度を落としながら。






      END

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