ぬくもり、体温。
ほっとするのは、でも、きみだから。




メザマシドリ




ぼんやりと、まぶたを開いた。
重たい。でも、ものすごい幸福感が胸に満ちて、自然と口唇が笑みを形作る。
「……ひつがや、くん。だ」
自分を包むあたたかい腕にすりよるように身を寄せて、雛森は小さく声をもらした。
どうやら、ふたりそろって昼寝をしてしまったらしい。
日番谷の私室は赤色に染められていた。
自分たちの上には、上掛けが一枚。多分これは、日番谷がかけてくれたのだろう。
そんな下で、雛森は日番谷にだきしめられて眠っていた。日番谷も、いまはあの淡くキレイな翡翠の瞳は、閉じられていてみることができない。
「こんなに寝ちゃうのも、めずらしい」
夜なら、多分こうはいかないんだろうなと、思った。
だって彼は、夜に雛森がきても同じ布団で眠ってはくれない。
昔は、一緒の布団で寝ていたのに。思うと、ちょっとさびしいけれど。
そっと手をのばして、日番谷の背に腕をまわした。
下は畳で、布団なんてひいてないから、少しだけ背中が痛いけれど、いまこうしていられる幸福感にかなうはずもない。
「……」
ぎゅっと小さな身体を抱きしめれば、優しい匂いが鼻先をくすぐる。
日番谷のにおいだ。
少しだけせっけんと、あとは、雛森には日番谷のにおいと言うよりない。
小さな頃から変わらない。ずっと自分とともにあったものだ。
「すきー、だいすき。だいすき。ひつがやくん、だいすきー」
好きが胸いっぱいになって、何度も、何度も繰り返し告げた。
 すき、すき。だいすき。
「…………な、に。恥ずかしいこと連呼してんだよ。お前は」
「あ。起こしちゃった?」
かすれた声に視線をあげれば、眠そうに目を瞬かせた日番谷がぼんやりした顔で、雛森をみつめていた。
問いに、目をすがめて、欠伸をひとつ。
その仕種に罪悪感より先に、嬉しさがこみあげる。
普段隊長としての態度を崩さない彼が、こうやって素の表情をみせてくれるのは、自分だけという優越感。
少し、性格が悪いかなと思いながらも。それでも嬉しいのだから仕方がない。
「起こされたっつーか。起きた。腹、減ったな」
言いながら、日番谷は起き上がろうとはしないまま、雛森を抱きこんで離そうとはしない。
雛森も、日番谷の背に腕を回したままだ。
「もう、晩ご飯の時間なのかな。部屋の中もだいぶ暗くなってきてるよ」
雛森が、目覚めたときには赤く染められていた部屋も、いまでは薄暗くなってきている。
「ああ」
わかってるのかわからない、曖昧な返事。
トクン、トクンと規則正しい心音に、妙な安心感をおぼえる。
日番谷も、そうならいいな。思った。
自分の体温に、ほっとしてくれればいい。
自分のにおいを、心地いいものと思ってくれればいい。
自分に、もっと甘えてくれればいい。
「雛森」
「なに」
「……起きて、まずお前の声が聞けるってのも。なんか、いいな」
「!」
まだ、ねぼけているのだろうか。
思って表情を伺ってみるけれど、表情は読めない。
でも、少しだけ。照れてる?
「日番谷くんがそうしたいなら、あたし毎日、毎朝。そうしたっていいよ」
「……考えとく」
少しの間の意味を考えて、少し照れる。
でも、本当の自分の気持ちだから。
「ああ、そうだ」
そんな言葉とともに、体温が離れる。
上掛けがはがれて、冷たい外気に少しだけ身を震わせた。
上体を起こせば、すこしぼさぼさな髪に気がついて、あわてて整える。
みれば、日番谷の髪の毛も少しだけはねていた。
「おはよう」
一瞬の隙を狙うみたいに、こみかめのあたりをなにかがかすめた。
その意味に気づいて、顔に熱が集まる。
「とっとと支度しろ。メシ、食いにいくぞ」
自分は手ぐしで髪を撫でつけるだけの日番谷が、言う。
こういうときの彼は、腹がたつくらいにいつも余裕だ。
雛森は、キスひとつで真っ赤になってしまうのに。
「日番谷くん」
「ん?」
「だいすき」
口下手な彼は、言葉の代わりにくちづけで雛森にそうと告げ、逆に雛森は言葉で伝える。
一度髪をおろして結いなおして、戸口で雛森の支度が整うのを待ってくれていた日番谷に、追いついた。
「それから、おはよう」
にっこり笑って言って、日番谷を追いこして廊下にでる。
風が冷たくて、寒かった。
あたたかいものが食べたいな。思う。
「それ、順番逆じゃねえか?」
そんな声が背中に届いて、笑う。振り返った。
「いいの。どっちもタイセツなことだもん」
そしていつか、本当に毎朝。彼とこんな目覚めを共有できるようになればいい。
遠くはない。けれど、近くもないそんな未来に思いを馳せ、雛森は言った。






      END

inserted by FC2 system