特別なんだよ。
君がなんと言っても、譲りたくないし。
譲らないから。




タイセツ




「……はぁ。どうしよう」
ちらちらと降る雪を、隊舎内の窓越しにみつめながら、雛森はため息をつく。
冷えた窓は曇り、おぼろげになる景色。
もうすぐ、日番谷の誕生日がくる。
と、いうのに、雛森は昨日、日番谷と喧嘩をしてしまった。
喧嘩。というよりは、一方的に雛森が日番谷を怒ったのだけれど。
「久しぶりに、ゆっくりお話できたのにな……」
こつりと、窓に額をあずけて呟いて、視線を伏せると映ったのは書類の束だ。
五番隊では、雛森が十番隊への書類を届けることが、暗黙の了解になっている。
それは、隊士たちの気遣いだから嬉しいのだけれど。
「どうしよう」
悩む。
いまいったら、日番谷はいるだろうか。
いて欲しいけれど、いて欲しくない。
本当は、こんなのいやで、いつもどおり笑って話をしたいけど。
「――ていうか、あたし。怒ってるんだもん」
廊下でひとり百面相しながら、独り言を呟く雛森を、隊士たちが遠巻きに通り過ぎていく。
雛森副隊長はお疲れのようだ。藍染隊長に進言した方がいいのかもしれない。そんな声にも気づかず、雛森は自分の思考に没頭している。
「怒ってるん、だから」
言葉を吐き出すごとに、窓が白く塗りつぶされていく。
きゅっと書類を強く握りしめ、雛森は踵を返すと十番隊隊舎へと歩き出した。




「あら、隊長ならでかけちゃっていないわよ」
意を決して入った十番隊執務室では、いつ仕事をしているのか、ソファに寝そべった松本が、現世から持ち込んだらしい、棒状の菓子を頬張りながら告げた。
「はぁ」
なんとなく間の抜けた返事をして、書類を日番谷の机に置く。
そん雛森を、松本は横目でみてから、独り言のように言った。
「隊長、昨日なんだか不機嫌だったわー。どうしたのかしら」
「え」
「ねェ、雛森。アンタ、なんかしらない?」
「……多分、あたしが原因なんだと、思います」
どうでもよさそうな視線を、真っ直ぐ受け止められずうつむいて答える。
多分。というよりも、きっとそう。
怒っていたのは自分のはずなのに、彼も、怒ってしまったんだと思うと、怖くなってしまった。
嫌われて、しまっただろうかと。
「失礼します」
ぺこりと松本に頭を下げて、雛森は執務室を後にした。
けれどそのまま五番隊隊舎には戻らず、あてもなく歩く。
外にでて、頭を冷やそうと思った。
十二月の風はとても冷たくて、なにか羽織るものがないと少し辛い。
もう枯れて、茶色く変色した草を踏みながら、見上げる空は遠くて少し日番谷を思い返す。
先ほどまでちらついていた雪は、やんでしまったようだった。
「…………」
喧嘩の原因は、多分とてもくだらないことだ。
ただ、他の誰もがたいしたことじゃないと言っても、雛森には譲れない。どうしても。
身体が冷えてきて、自分自身の腕を抱く。
「でも、やっぱり。あたしのひとりよがり、なのかな」
その場にしゃがみこんで、呟く。
雛森がなにを大切にして、なにに怒りを覚えようと雛森の自由であると同時に。
日番谷がなにを思い、考えようと、彼の自由で。
怒らせてしまったなら、謝ったほうがいいのかもしれない。松本に迷惑がかかっているなら、なおさら。
「ならまず、そんな薄着でふらふらしてしてることを反省しろよ」
「――っ!?」
背後で突然した声に、あわてて振り返る。
きつく、よせられた眉。真夏の太陽の下ならば、きらきらと光をうつす銀の髪。
「ひ、つがやく」
そんな問いは声にしなくても、表情に出ていたらしく、彼は眉を跳ね上げる。
「出先から戻って歩いてたら、お前がみえたんだ」
「でも、あたしは」
昨日言ったじゃない。ばかって、きらいって、もうしらないって。
思いつく限りのひどい言葉を、投げかけて、吐き出して、返事もなにも聞かないで、走って逃げたのに。
当たり前のように、きて、話しかけてきて。
「――冷たくなってンな」
そっと、伸ばされたごつごつとした手が、雛森の頬に触れる。
あたたかさに、じんわりと胸に沁みて、うつむく。
「お前が癇癪起こしていきなり怒りだすのも、ひとりで後悔してぐるぐる悩むのも、許容量オーバーして泣きそうになってんのも、いつものことだろ? その程度でひるむようじゃ、お前の傍になんかいられねえよ」
当たり前のことのように、日番谷は笑って言う。
実際、彼にとっては当たり前なのかもしれない。
「で、今回はなににそんなに怒ってんだよ」
耳の上から、髪に手を差し込まれて、引きよせられる。
ずるい。卑怯。
いつどこで、こんなことできるようになったのか。思うと、ちりとお腹の中央が熱を持つ。
その熱に突き動かされるように、きつく日番谷の首に抱きついて、力をこめた。
怒ってるのに、触れられて嬉しい。
なんてことないよと、笑顔をむけられることが、幸せだと思う。
「……たんじょうび」
背中に回された腕に、胸が軋んで痛む。
「どうでもいいって言ったでしょ、日番谷くん」
そう、昨日。
もうすぐ誕生日だね。
そう、笑った雛森に、日番谷はどうでもいいと言った。
それだけかと、言うひとはきっと言うだろうけれど。
「別に、ただ12月20日ってだけだろ? 特別なにかがあるわけでもねえじゃねえか」
幾分、呆れた口調の日番谷に、また腹がたってくる。
「どうでもよくなんて、ないの」
だって、だって。その日は。
「日番谷くんが、生まれた日なんだもん。どうでもよく、ないの」
大好きなひとがこの世に生を受けた、大切な日だ。
いろんな人に喜ばれ、愛され、言祝ぎの言葉を受けた記念すべき日だ。
なによりも、どんな記念日よりも、雛森には特別で大切な日なのだ。
「あたしにとっては、すごく、すごく大事な日だもん」
拗ねたような口調になってしまい、あやすように日番谷の手が二度雛森の背中を叩く。
互いに腕の力をといて、身体を離して顔をみれば、日番谷は困った顔で笑っていた。
「お前、本当にどうしようもねえな」
「それ、どういう意味よ」
「褒めてんだよ」
そういう意味には聞こえなくて、膨れてみせれば、その頬をつままれた。
「この場合は、ありがとう。で、いいのか?」
問われて、笑う。
首を横に振った。
「ううん。お礼とか、そういうんじゃないよ」
いまだつままれたままの手を、やんわりといて、言う。
「ただ、ここにいてくれることが嬉しいし、幸せ。それでいいんだと、思う」
奇跡みたいな確率で、こうしていられるのだ。
だから。
握りこんだ手に力を込めて、言った。
「もう。誕生日がどうでもいいとか。言っちゃダメね」
念を押すような笑顔に、日番谷は頷く。
かなわねえなと、呟かれた言葉は、どこか暖かかった。






END

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